企業経営は創造と売却の無限の循環だ

企業経営は創造と売却の無限の循環だ

森本紀行
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芸術で家計が回る人、即ち、創造したものを売却して資金を作り、それを元手に次の創造に向かう人が芸術家なのと同様に、価値のある不動産を開発し、それを売却して次の開発に向かうのが真の不動産開発業者だとしたら、更に一般化して、事業価値のあるものを創造し、それを売却して次の創造に向かうのが企業経営の本質だといえないか。
 
 企業経営の要諦は、事業の目的が単純明快に定義されていることですが、この自明と思われることは、実は少しも自明ではありません。例えば、不動産の開発を行う会社において、事業目的を開発とするのならば、開発した物件を所有することは目的に反しますが、事業目的を人が生きて活動するための空間の提供とするのならば、物件の所有は事業目的に適合するのみならず、内装や家具等の関連分野も事業範囲に属することになります。
 ここには、少なくとも二つの重要な論点があります。第一に、全ての事業領域において生じているモノからコトへという不可避の展開です。つまり、例えば、建物というモノから居住というコトへ、自動車というモノから移動というコトへという転換は、事業目的の本質的な変更を伴うわけです。
 第二に、モノからコトへの転換において、多角化の真の意味が明らかにされることです。多角化とは、もともと、一つの企業が複数の事業目的をもつことではあり得ないのですが、現実には、そうした不適切な事態に陥っている企業は少なくありません。真の多角化とは、一つの明確に定義された事業目的を核にして、多方面に派生分野をもつことなのですが、モノからコトへの転換により、例えば、建物というモノには多角化の余地は少ないのに、居住というコトには広い多角化の可能性のあることが明らかになります。
 
鉄道会社は、多くの場合、バス事業等を併営していますが、これは移動を核とした真の多角化なのでしょうか。
 
 常識的に考えれば、鉄道会社は、鉄道路線の各駅からバス路線を派生させて、地域内の円滑な移動手段を提供することをもって事業目的としているはずですが、実際には、鉄道、バス、それぞれに別々の規制があることもあり、二つの異なる事業目的をもっているというのが実態ではないでしょうか。故に、おそらくは、ここに大きな政治の課題があって、モノを基準にして事業者を規制する体系から、コト、即ち機能を規制する体系への転換が急がれるのです。
 
モノからコトへ移行すれば、モノの所有は不要になるのでしょうか。
 
 ホテル事業においては、ホスピタリティーというコトの提供が事業目的とされるに至り、モノとしての建物については、確かに立地条件等の問題はあるにしても、敢えて所有する必要はなくなっています。他方で、投資対象としての不動産の対象物件が拡大していて、ホテル用不動産も含まれるようになりましたから、今では、ホテル事業者は建物を借りて効率的に事業遂行できるのです。
 同様に、空運業においても、今や移動というコトの提供が事業目的になっていますから、航空機は単なる道具の地位にあるものとして、所有が不要になっています。実際、空運業者の多くは、リースによって航空機を調達しているのです。こうなれば、ホテルの建物と同じことで、航空機が投資家によって保有されることも普通になるでしょう。
 
ましてや、不動産開発業者は、開発というコトに専念して、開発の済んだ物件を直ちに投資家に売却し、その売却代金でもって次の開発をすればいいのですね。
 
 不動産開発業者は開発に専念し、保有は投資家に委ねる、これが世界の不動産業の基本的構図であって、日本も、この方向に転換が進みつつありますが、進展は十分ではありません。その背景には、金融のあり方が大きな影響を与えているのです。
 即ち、開発業者の資金調達には、開発した物件を売却して、その替り金を次の開発に充てる方法と、収益物件を保有し続けて、それを担保に融資を受ける方法があるわけですが、日本では依然として後者が優勢だということです。要は、日本では、不動産業に限らず、間接金融、即ち、国民貯蓄が銀行等に滞留し、それが融資を通じて産業界に供給される仕組みが主流なのです。
 それに対して、直接金融においては、国民貯蓄は、投資信託等を通じて、資本市場、即ち、株式、社債、不動産等が取引される市場を経由して、産業界に流れていきますから、例えば、開発業者は、物件を不動産専門の投資運用業者に売却することで資金調達し、投資運用業者は広く投資家から直接に運用資金を調達できるのです。
 
金融の構造を変革することも、重要な政策課題なのでしょうか。
 
 経済の持続的成長を実現するためには、第一に、国民の安定的な資産形成を通じた消費への刺激が必要なので、国民貯蓄の運用実態として、極端に収益率の低い預金に遍在している現状を改めて、不動産等の多様な対象へ拡大していくことが望まれるのです。また、関連して、銀行等にとって、いかに預金金利が低いとはいえ、融資等の運用金利も著しく低くなっている状況は、大きな経営上の負担になっていて、これも政策的に重要な論点になっています。
 第二に、経済の持続的成長にとっては、産業界の経営革新が不可欠の要素ですが、資金調達について、銀行等との閉じた関係性のなかにある現状を改めて、広く開かれた資本市場を通じてなされるようにすれば、市場に内在する競争原理によって革新が促されると期待されるのです。例えば、不動産開発業者にとって、開発物件を売却して資金調達する前提であれば、より優れた物件を、より速く、より効率的に開発する方向に利益誘因が働くことは明らかです。

不動産に限らず、独立した投資対象に構成できるモノを製造する事業においては、モノを売却する資金調達が可能なのですね。
 
 例えば、銀行等は、オリジネーション・アンド・ディストリビューションorigination and distribution)と呼ばれる手法のもとで、融資済みの貸付債権を大規模に集積し、社債等の形態に再構成して投資家に売却することで資金調達し、それを原資にして、新たに融資することができます。日本の現状では十分に普及していませんが、今後、金融構造改革の進展とともに普及していくでしょう。
 ここで重要なことは、ディストリビューション可能な貸付債権は、住宅ローンに代表されるように、担保物件との関係性が強く、債務者との関係性が希薄なものに限られていて、債務者との深い関係性が必須のもの、即ち情報の対称性が不可欠のものはディストリビューション不可能だということです。
 つまり、銀行等にとって、ディストリビューションする前提で融資することと、しない前提で融資することは、異なる事業なのであって、このことは、居住というコトを提供するために不動産を保有する事業と、開発というコトを提供するために開発済みの不動産を売却していく事業とが異なるのと同じなのです。
 
では、事業の再定義によって、事業自体を売却することも普通になるでしょうか。
 
 不動産事業を開発に純化させるとき、開発済みの物件を売却する資金調達方法が生まれ、同時に、この方法のもとで、総資産の大幅な圧縮が可能となって、経営効率の改善が図られる、これが典型的な経営革新のあり方であって、他の産業に一般化すれば、事業目的の再定義が資金調達方法の改革につながり、それが経営諸効率の改善につながるということです。
 例えば、機器の製造業から、機器の利用によるサービス提供業、あるいは機器の開発設計に特化した知識集約業に転換すれば、製造部門の売却が必須となり、その売却代金が構造改革に充当されることになり、他方で、事業目的を機器の製造の集約による効率化とする企業もあって、そこに売る側と買う側の利害の一致が生じるはずです。こうして、個社の経営革新は産業全体の経営革新になるのです。
 
ディスラプトdisrupt)による成長、即ち、成長経路が非連続になる事態においては、事業やモノの売却による資金調達は不可欠なのですね。
 
 ディスラプトは破壊ではなくて、事業の自然な展開を中断することですから、事業目的の本質的な変更こそ、まさに非連続な発展であって、ディスラプトの代表なのです。そして、ディスラプトは繰り返されなければならないのですから、企業経営は創造と売却の無限の循環になるのであって、その循環のなかに自動的に資金調達が組み込まれるだけなのです。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2020/10/15掲載「資金調達の必要性が企業経営をよくする
2020/09/24掲載「資産を所有して利用する人が資産価値を毀損するのだ
2020/01/30掲載「ヒトでなしの顧客にモノを売ってどうする
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。