投資運用業者が得る報酬に合理的根拠はあるのか

投資運用業者が得る報酬に合理的根拠はあるのか

森本紀行
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雇用において、合理的な区別は許容されても、非合理的な差別は違法となるように、専門家に委任するについても、その報酬は合理的に算定されるべきですが、さて、投資運用業者の報酬は合理的なのか。
 
 投資運用業者は、投資対象の価値の分析を行い、投資判断を形成し、投資の実行に関する事務を執行します。こうした一連の役務の遂行には多くの経費を要するため、それを投資運用業務に係わる報酬として、顧客に請求しますが、その際、役務の原価に一定の利潤が加算されることで、投資運用業が事業として成立しているわけです。
 こうして、一方では、投資運用業を事業として営むことは、明らかに自己の利益のためになすことであるのに対して、他方では、投資運用業者には顧客に対する忠実義務が課されていて、役務の遂行は、専らに顧客の利益のためになされる必要がありますから、そこに必然的に生じる矛盾については、合理的な裁定が求められるのです。
 
日本の投資運用業の現状において、そのような高尚な論理的悩みを抱いた経営者は実在するのでしょうか。
 
 つい最近までは皆無であったと断言できますが、現時点においては、少数とはいえ、問題の所在に気付き始めた経営者がいると期待しないわけにはいきません。少なくとも、金融庁の施策は、業界のなかに、前衛を形成し、改革を先導する少数者がいるとの前提で展開されているはずです。
 
2014年のフィデューシャリー・デューティーですか。
 
 金融庁は、2014年9月に、「平成26事務年度金融モニタリング基本方針」を公表し、金融行政の抜本的な転換を本格的に開始しますが、特に投資信託については、フィデューシャリー・デューティーの徹底を求めることで、金融界に激震を走らせました。その後、2017年3月に、フィデューシャリー・デューティーは、「顧客本位の業務運営に関する原則」として、具現化されます。
 当時、この英米法の専門用語を知るものは、大学の先生などの少数の研究者に限られていたわけですから、金融界においては、驚きが極めて大きく、消し得ない強い印象が残ったため、フィデューシャリー・デューティーという言葉は完全に定着し、顧客本位以上に、よく使われるに至っています。
 そして、このフィデューシャリー・デューティーこそ、専らに顧客の利益のために働くことと、自己の利益のために報酬を得ることとの間の矛盾について、解決の指針を与えるものなのですから、投資運用業界においても、言葉の理解が表層から核心に至るにつれて、問題の本質が明らかになりつつあるはずなのです。
 
合理的報酬という基準ですか。
 
 英米法において、フィデューシャリーとは、他人からの高度な信頼を得て、その他人のために働くもののことで、その代表が弁護士であり、投資運用業者なのです。この高度な信頼は厚く保護されなければなりませんから、フィデューシャリーには厳格な義務が課せられます。その義務がフィデューシャリー・デューティーであって、煎じ詰めれば、専らに、しかも厳密な意味において専らに依頼者の利益のために働くことになります。
 そこで、フィデューシャリー・デューティーにおいては、古くから、フィデューシャリーが自己の利益のために報酬を得ることの当否が問題になってきました。高度な信頼関係は、契約によらなくても、即ち、対価が約されていなくても、発生するので、原理的には、フィデューシャリーの行為は無償であるべきだとも考えられるからです。しかし、それでは、弁護士業や投資運用業のような事業としてのフィデューシャリー業は成立し得ません。そこで生まれたのが合理的報酬という基準です。
 
要は、儲けすぎるなということですか。
 
 フィデューシャリーとしての業務の遂行には、経費がかかりますから、それを顧客に請求できるのは当然ですし、事業として業務を行う以上は、一定の利潤も許容されるべきです。もちろん、何が経費支出として正当化されるのか、また、どの程度の利潤が許容されるべきかなど、難しい問題がありますが、確実にいえることは、その積算には、合理的で客観的な手法が用いられるべきだということです。これが合理的報酬の考え方です。
 
合理的報酬は、金融庁の原則にも採用されているのでしょうか。
 
 金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」は、いわば、日本版のフィデューシャリー・デューティーですから、当然に、その要諦は取り込んでいて、原則4は、「金融事業者は、名目を問わず、顧客が負担する手数料その他の費用の詳細を、当該手数料等がどのようなサービスの対価に関するものかを含め、顧客が理解できるよう情報提供すべきである」となっています。つまり、合理的報酬は、「顧客が理解できる」報酬に置き換えられているのです。
 この原則は、金融機関によって採択されることで、強制力のある規範として機能する仕組みになっていて、事実としては、全ての主要な投資運用業者は原則4を採択しています。しかし、極めて遺憾ながら、その取組の状況についていえば、現状は必ずしも十分ではない、少なくとも、金融庁の評価としては、十分ではないとされています。
 
そこで、新しい施策が公表されたわけですか。
 
 金融庁は、原則4に限らず、全6原則の履行状況に必ずしも満足していないわけで、故に、4月12日に、「金融事業者における顧客本位の業務運営のさらなる浸透・定着に向けた取組みについて」を公表し、「さらなる浸透・定着」に向けて、監視強化策を打ち出したのです。
 この施策では、斬新な手法が採用されていて、悪事例の摘発ではなく、好事例の普及が目指されているのです。つまり、原則の適用が金融機関の自主自律によるものであることを踏まえ、金融庁が優れた取組であると評価する事例を広く国民に対して公表することで、金融界に、よりよい取組を競う風土を定着させて、改革を推進していこうという施策になっているわけです。
 故に、同時に、「顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント」が公表されていて、そこでは、「取扱いのある金融商品・サービスについて、顧客が負担する手数料その他の費用の詳細(どのようなサービスの対価に関するものかを含む)や、手数料その他の費用の体系・設定の考え方が具体的に示されている」との着眼点が示されています。
 つまり、原則4の本文では、「顧客が理解できる」という基準が示され、「ポイント」では、更に、「体系・設定の考え方が具体的に示されている」という基準が追加されていて、「考え方」、即ち、報酬を算定する論理が「具体的に示されている」ことをもって、「顧客が理解できる」という構成になっているのですから、金融庁の基準は、概ね、フィデューシャリー・デューティーにおける合理的報酬の考え方に一致していると考えられます。
 
報酬算定方法が合理的であることと、報酬の絶対水準が合理的であることとは、異なるのではないでしょうか。
 
 フィデューシャリー・デューティーにおいて、合理的報酬が何であるかは、定まった答えのある問題ではなく、投資手法との関連における報酬算定基礎の合理性、社会通念、あるいは業界の平均に照らしたときの報酬水準の妥当性などについて、総合的に諸要素を勘案して決せられることであって、合理的報酬の合理性とは、むしろ、検証可能性、あるいは説明可能性と呼ばれるべきです。
 例えば、インデクス運用アクティブ運用との報酬格差は、投資対象を調査するのに要する費用の有無で合理的に説明され、巨額な成功報酬は、顧客の得た更に巨額な利益との関係において合理的に説明されるが故に、社会通念上、許容されているのだと考えられ、こうした説明可能性こそ、金融庁のいう「顧客が理解できる」という基準の実質なのです。
 
投資運用業界として、まずは、合理的に説明できない事態を一掃するのが急務ですね。
 
 金融庁の原則を採択している以上は、投資運用業者は、報酬の「体系・設定の考え方」について、「顧客が理解できる」ものとなるように、内部規則を策定しているはずですが、それを現状に適用すれば、規則に反することになる事例が生じます。
 そうした事例が生じるのは、合理的に説明できない過去からの諸事情に基づいて報酬が設定されているからですが、今後は、それらを漫然と放置することは許されなくなります。なぜなら、4月12日の施策は、金融検査の一翼を形成するものとして公表されていて、金融庁として、内部規則に違反した事態を放置することは看過できず、是正策を要求するほかないからです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
フィデューシャリー・デューティーとベストをつくす義務 (2015.9.17掲載)
フィデューシャリー・デューティーの真の改革は、各金融機関のプリンシプルの確立によって、また、金融業界全体として、各自の固有のプリンシプルのもとで、創意工夫と切磋琢磨がなされることによって、実現されるものです。本稿では、『資産運用の高度化』を例に、健全な競争環境のなかで、切磋琢磨による技術の発達が促されると論じています。

見かけが利益相反なら利益相反だ (2019.3.20掲載)
金融界では投資信託の販売会社と投資運用業者が同一金融グループに属するような利益相反のおそれのある事態が蔓延しています。なぜ、このような事態が是正されることなく、放置され続けているのでしょうか。利益相反のおそれの根絶のために、金融機関に証明責任を負わせることの重要性を論じています。

金融庁が公表した「ポイント」の画期的意義 (2021.5.27掲載)
金融庁は4月12日に「顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント」を公表しました。金融庁は、各社の取組を分析したうえで、原則の具体化において優れていると評価したものを好事例として公表するとしています。好事例と評価されるためには、記述内容が優れているだけでなく、その履行状況が良好であることも当然の前提であり、顧客の選択行動の合理化に資するという視点が決定的に重要だと論じています。
(文責:翁)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。