三井住友銀行の売れ筋の投資信託に違法性はないのか

三井住友銀行の売れ筋の投資信託に違法性はないのか

森本紀行
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射倖契約は、法律で合法化されていない限り、犯罪です。さて、三井住友銀行の売れ筋の投資信託は、射倖契約によって繰上償還になり、顧客に損害を与えたのですが、これは合法性の要件を充足しているのか。
 
 特定事象の生起によって、投資信託を繰上償還にするという約定は、そのときの基準価額で償還される限り、射倖契約ではありませんが、事前に約定した基準価額で償還されるのならば、射倖契約です。2017年7月28日にアムンディによって設定され、三井住友銀行が独占的に販売して、同行の売れ筋一位となった「あんしんスイッチ」という愛称の投資信託は、この射倖性を帯びた設計になっていました。
 この投資信託には、基準価額が9000円になれば、基準価額9000円で繰上償還になり、基準価額が10600円を超えた以降は、基準価額が10000円になれば、基準価額10000円で繰上償還になるという特約が付されていて、事実としては、この射倖性のために、2021年9月2日に基準価額9000円で繰上償還となり、顧客に多大の損害を与えたのです。
 
射倖契約とは何でしょうか。
 
 射倖契約とは、偶然の事象の生起に関し、契約当事者の一方に対して、他方が予め定めた給付の履行義務を負うものです。例えば、骰子の目が偶数ならば、甲が乙に対して100円を支払うという約定が射倖契約ですが、これは明瞭に骰子賭博です。また、自分がもっている札に書かれた数字が抽選で当たりとなれば賞金が貰える富くじも、射倖契約の代表です。
 射倖契約は、「刑法」第185条の賭博や、同法第187条の富くじのように、犯罪なのですが、同法第35条が「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」としていることから、合法化されている射倖契約があり得るわけです。
 例えば、競馬は賭博ですが、「競馬法」第1条は、「日本中央競馬会又は都道府県は、この法律により、競馬を行うことができる」としていて、主催者を限定することによって、競馬を合法的な賭博にしていますし、宝くじは富くじですが、「当せん金付証票法」が存在していて、同法第1条の規定により、「地方財政資金の調達に資する」という条件のもとでのみ、合法化されています。
 
金融にも、射倖契約があるのでしょうか。
 
 死亡などの事故の不確実性についての保険契約、債務不履行の不確実性についての保証契約、金融商品等の価格変動の不確実性についてのオプション契約など、今日の経済金融取引のなかで重要な機能を演じているものは、契約構造上は、射倖契約です。しかし、いうまでもなく、これらの契約は、社会的必要性を前提として、それぞれに根拠法等があって、合法化されているのです。
 
基準価額が9000円となったとき、同じ9000円の基準価額で償還されるのならば、偶然の利益が発生しないので、射倖契約とはいえないのではないでしょうか。
 
 基準価額は事後的に算出されるので、算出結果が9000円を下回ることはあり得ます。そこで、この事態に備えて、アムンディは、親会社であるクレディ・アグリコルとの間で保証契約を締結し、その保証料として、年率0.22%を顧客に負担させています。この保証契約の内容は、算出された基準価額が9000円を下回ったときは、クレディ・アグリコルは、基準価額が9000円になるように、必要な金銭を投資信託に支払うというものです。
 顧客の立場からすれば、年率0.22%の保証料を支払うことで、算出基準価額が9000円を下回るという事象の生起に関して、クレディ・アグリコルが負担する金額を偶然の利益として得るわけですから、明瞭な射倖契約となっているのです。なお、保証価額が10000円に引き上げられた後は、9000円が10000円に読み替えられるだけで、仕組みは全く同じです。
 また、別の見方をすれば、アムンディは、偶然の利益を得るための射倖契約に敢えて構成し、0.22%の保証料を発生させて、合法的な保証契約にすることによって、違法な損失補填に該当する可能性を回避したのだと考えられます。
 
射倖契約といっても、顧客の得る利益は、微々たるものではありませんか。
 
 顧客の得る利益は、背景にある資産運用の方法によって決まります。例えば、株式に投資し、現金の保有を最小化するように努めるものであれば、算出基準価額が9000円を大幅に下回る可能性もあって、そのときに保証契約から顧客が得る利益は大きなものになります。そして、いうまでもなく、運用内容によって、基準価額の変動率が大きくなればなるほど、保証料は高くなるわけです。
 
保証料と保証内容との間に、合理的連関がなくてはならないのですね。
 
 競馬や宝くじにおいては、興業から得られる総収入のうち、主催者の資金調達としての胴元取り分を控除した残余は、敗者の総損失と勝者の総利益が均衡するように、公正公平に分配されます。こうした公正公平性は、射倖契約が合法化されるための決定的な要件です。
 競馬や宝くじでは、給付と給付原資の相等性は、簡単な算数の問題として計算できますが、金融の射倖契約では、偶然の事象の生起確率を高度な数学的手法によって算出しなければ、収支の相等性を確保できません。実際、保険やオプションの契約では、統計に基づく高度な数学的手法によって、対価が計算されていて、その科学的な正当性が合法性の根拠になっているのです。
 
「あんしんスイッチ」の年率0.22%という保証料に科学的根拠はあったのでしょうか。
 
 科学的根拠がなければ、射倖契約としての適法性に疑義が生じて、非常に深刻なことになりますから、慎重な検討を要します。しかし、疑う余地の全くない客観的事実として、第一に、「あんしんスイッチ」の基準価額は、偶然ではなく、確実な事態の推移として、9000円になったこと、第二に、9000円で繰上償還になったとき、顧客に偶然の利益は1円もなかったこと、逆にいえば、保証会社のクレディ・アグリコルに1円の損失も発生しなかったことは指摘できます。
 
アムンディは、基準価額が9100円台になったときに、運用を停止していたということですか。
 
 「あんしんスイッチ」の運用戦略は、資産配分を機動的に変更するもので、2020年2月末の資産配分は、株式17%、債券50%、短期金融資産等33%でしたが、新型コロナウィルス感染症の拡大懸念によって、世界的に株式市場が急落するなかで、急速に株式と債券の売却が進められて、4月末時点では、債券3%、短期金融資産等97%になり、運用が停止されていました。このとき、基準価額は9156円でした。
 その後、債券の比率が少しだけ上昇することもありましたが、事実上の運用停止が継続するなかで、基準価額は、信託報酬と保証料とマイナス金利などにより低落を続けて、2021年8月4日、必然的に9000円に達しました。故に、少なくとも2020年5月以降は、保証契約は、保証料の妥当性以前の問題として、その存在自体が不要になっていて、顧客の利益もクレディ・アグリコルの損失も発生し得ない状態にあったのです。
 
アムンディの運用戦略は、親会社の保証契約を無意味化するように、実行されていないでしょうか。
 
 アムンディの運用戦略は、価格の下落している資産の売却を進めて、基準価額の更なる低下を防ぐものですから、それ自体に保険の要素を内包していて、保証契約は、アムンディが保険的運用に失敗して、9000円の基準価額を守れなかった場合に備えるものにすぎなかったわけです。そして、事実としては、アムンディは、基準価額が9000円を下回る直前で、運用を停止することに成功し、親会社のクレディ・アグリコルの保証契約の発動を阻止したのです。
 さて、子のアムンディは親のクレディ・アグリコルの利益を守るように行動したわけですが、これが意図したものだとしたら、露骨な利益相反になります。また、子の運用の失敗を親が保証することは、親子の一体性が認められるときには、自分の失敗を自分で保証することになり、その保証料を顧客に負担させたことには重大な疑義が生じます。
 
射倖契約としての適法性の問題以前に、そもそも、射倖契約ですらなかったということでしょうか。
 
 自分の失敗を自分で保証すれば、保証の対象は、偶然の事象の生起ではなくなるので、射倖契約ではなくなります。射倖契約でないとすれば、年率0.22%の保証料は、合法的な根拠を喪失するのではないでしょうか。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
使途のある資金を運用してこそ真の投資なのだ (2020.5.21掲載)
投資信託は、将来の決まった資金使途を実現するために利用されてこそ意味を持ちます。人の生活にお金は必要不可欠ですが、お金を用いて実現されること、すなわち資金使途に意味があります。資金使途を欠いた資産形成は、投資というより投機と呼ぶべきです。人間の生活には娯楽も必要ですが、娯楽を楽しむためにも生活の経済的基盤が確立されていなければならず、その生活の経済的基盤を強化することにこそ金融の本来の機能があると論じています。

お役に立った投資信託といえるために (2019.11.7掲載)
金融は資金使途の必要性に徹底的に忠実でなければなりませんが、必要性を超えた預金の保有も、顧客の真の利益に反する場合があります。金融は、資金の過不足を時間軸上で調整する機能であり、当面の資金使途が具体化されていない預金に対しては、適切なる投資信託での運用が提案されなくてはなりません。適切な助言により、中長期的な資産形成での成功体験を積み重ねることで、投資信託が有用なものと認知されると論じています。

麻生太郎先生の「よほどやばい」発言の含蓄 (2016.9.15掲載)
監督官庁の金融庁を管轄する大臣の発言として大きく報道されました。証券業の対象は、投資と投機の両方であって、先生の発言は、過去の歴史的状況についてのものではあれ、投機の側面をあからさまに論じたものとして、希少かつ貴重な意味があると思われます。いまだに長期投資を求める新しい顧客基盤に対し、投資信託等の新しい商品を、投機の時代の旧態依然たる手法で販売するという不合理が残っていることを考えると、実に深い含蓄があるのではないかと論じています。
(文責:神山)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。