投資信託の併合を容易にする法律改正から7年たって実績が1件しかないわけ

投資信託の併合を容易にする法律改正から7年たって実績が1件しかないわけ

森本紀行
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膨大な数の小規模な投資信託が存在することについて、類似のものの併合を容易にする法律改正から7年、併合実績が1件しかないのは、古色蒼然たる法律は、どう改正されようが、改良され得ないからではないか。
 
 日本の投資信託業界では、多年にわたる悪弊の定着により、顧客の利益に反した事態が横行してきましたが、その代表例は、販売会社の主導のもとで、時流にあった売りやすい投資信託が次々と作られ、積極的に販売され、人気の離散とともに解約が進んだ後に、残高の小さくなった投資信託の山が築かれていくことです。
 金融庁は、2016年9月に公表した「平成27事務年度金融レポート」において、この悪弊の問題性を指摘したうえで、「投資信託の規模が小さければ、一般的には、スケールメリットが働かないために管理コスト等は割高になりがちであり、顧客が支払う信託報酬等の手数料も高くなるものと考えられる」と述べていたのです。
 しかし、金融庁の指摘にもかかわらず、残高の小さな投資信託の整理は一向に進まず、旧態依然たる業界は、相も変わらずに、ESGだのSDGsだのといった名前を冠した流行りものの投資信託の濫造と乱売に狂奔しているのですから、残骸の山が更に高くなっていくことは必定なのです。
 
法律上は、投資信託の併合という制度があるはずですが。
 
 類似の小規模な投資信託を併合して、規模の大型化を図ることは、金融行政の重点施策となっていることから、金融庁は、投資信託の併合の簡易化を重要な目的として、「投資信託及び投資法人に関する法律」(以下投信法)を改正し、改正法は2014年12月1日に施行されています。しかし、それから7年を経過して、改正法に則った併合実績は、たったの1件しかないのです。
 
改正によっても、法律の使い勝手の悪さが改善していないからですか。
 
 併合が進まない背景には、販売会社主導の業界構造のなかで、販売会社の利益誘因を明確にできていないことや、規模の大小にかかわらず、経費率を概ね一定にする業界慣行が定着していることなど、多様な要因が複合的に作用しているのですが、おそらくは、最も大きな理由は、改正法によって簡易に併合できることとなった投資信託の範囲が非常に狭いことだと考えられます。
 
例えば、受託者が同一であるという条件ですか。
 
 2006年6月に「金融商品取引法」が成立し、2006年12月には新しい「信託法」が成立して、両法が2007年9月30日に施行されたとき、「信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下整備法)によって、投資信託関連の諸法律も改正されました。
 新しい「信託法」では、旧法になかった信託の併合が新設されたため、投資信託についても、それに連動して、併合が新設されました。しかし、当時、投資信託の改革は金融行政の重点課題ではなかったため、投資信託の特性や実務の都合が全く考慮されることなく、信託の併合が機械的に投資信託の併合にも適用されたわけです。
 「信託法」では、信託の併合は、定義を定めた第2条第10項において、「この法律において「信託の併合」とは、受託者を同一とする二以上の信託の信託財産の全部を一の新たな信託の信託財産とすることをいう」とされていて、これが投資信託の併合にも適用されているので、受託者が同一の投資信託しか併合できなくなっているわけです。
 
更に、旧「信託法」の投資信託は併合できないわけですね。
 
 新しい「信託法」の施行に際して、整備法第2条は、旧「信託法」のもとで成立した契約による信託について、信託財産に属する財産についての対抗要件に関する事項を除き、引き続き旧法の適用があるとしていて、2007年9月30日以前に設定された旧「信託法」による投資信託は、新「信託法」による投資信託と根拠法が異なることになり、信託の併合の適用がないままになったため、併合できないのです。
 
2014年の投信法改正によって、何が変わったのでしょうか。
 
 投資信託は約款によって取引されていますが、投信法第17条第1項は、約款変更について、「その変更の内容が重大なものとして内閣府令で定めるものに該当する場合に限り」、受益者の「書面による決議」を求めています。
 併合のための約款変更は、「その変更の内容が重大なもの」、いわゆる重大な約款変更に該当し、書面決議が必要となっているために、併合が促進されないと考えられたことから、改正投信法は、「その併合が受益者の利益に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定めるものに該当する場合」には、それを不要としたわけです。
 
「内閣府令で定めるもの」の範囲が狭すぎるのですか。
 
 対応する内閣府令(「投資信託及び投資法人に関する法律施行規則」)第29条の2には、「次に掲げる要件の全てに該当する」という条件のもとで、3要件が記載されていて、更に、金融庁は、2014年3月27日に公表した「投資信託に関するQ&A」において、その3要件に解説を加えています。
 当然のことながら、運用内容の異なる投資信託の併合はあり得ないのですから、ここでの中核的論点は、どの程度の運用内容の類似性が求められるかになるのですが、内閣府令の表現では、「基本的な性格に相違がない」となっているわけです。
 
約款に併合の規定のあることが前提ですね。
 
 約款に併合の規定がないときは、併合する前に、併合の規定を置く約款変更が必要になりますが、これは重大な約款変更に該当すると考えられますから、書面決議が必要になってしまいます。旧「信託法」の投資信託の約款に併合の規定がないのは当然ですが、実は、新「信託法」の投資信託にも、敢えて併合の規定を置いていないものがあるのです。
 
書面決議不要で併合できる投資信託の範囲をまとめると、どうなるでしょうか。
 
 2007年10月1日以降に設定されていること、約款に併合に関する規定が置かれていること、受託者が同一であること、「基本的な性格に相違がない」などの内閣府令の3要件を満たすこと、最後に、自明の前提として、委託会社が同一であること、これら全ての条件を充足している投資信託同士に限り、書面決議なしで併合できるということであって、実際には、そうした投資信託は多くないのです。
 
加えて、実務上の問題がありますね。
 
 販売会社主導の業界構造のなかで、その手を大いに煩わせる書面決議による約款変更は、実務的に極めて難易度が高く、事実としては、やむを得ない理由によって繰上償還を行う場合のほかは、極めて稀にしかなされていません。故に、法律改正によって、書面決議不要の併合を認めたことは、確かに画期的だったのです。
 しかし、実務上の問題は、事務面にもあります。非定型の事務作業が大量に発生することは、委託会社にとって、大きな負担になるのです。この点について、投資信託協会では、金融庁の意向もあって、「投資信託の併合に係る実務要領」という事務マニュアルを策定していますが、マニュアルがあるからといって、マニュアル通りに簡単に事務を遂行できるわけではないのです。
 
併合を促進するためには、更なる法律改正が必要でしょうか。
 
 併合において本質的なことは、運用の内容に基本的な差がないことであって、その他の形式的な要素については、いかに大きな差異があろうとも、差異を統一する変更を行うことで、併合可能になります。事実としては、受託者を変更することも、根拠法を旧「信託法」から新「信託法」に変更することも、併合規定を約款に盛り込むことも、委託者を変更することも、法律上は可能なのに、書面決議などの面倒な手続きが障害になっているだけなのです。
 前回の法律改正の問題点は、併合手続きの簡易化に焦点を絞りすぎたために、併合の前提となる形式の同一性の要件が大きな障害として残ったのです。併合を促進するためには、改めて法律改正を行い、形式を統一するための変更手続きの簡易化が行われるべきです。
 
投信法の構造自体を見直す本質的な改正が必要ではないでしょうか。
 
 投信法第8条は、投資信託は金銭信託でなければならないと定めていますが、これではETFはできません。そこで、同条は、括弧書きによって政令で定めるものを除外し、ETFを政令のなかで規定しています。同様に、併合も、第17条の括弧書きで書面決議の例外とされ、要件は内閣府令で規定されたのです。こうして、老朽化が著しく進んで壊れ始めた建物に、次々と例外としての修理を加えていくことは、既に限界に達していると思われます。

業界全体としての真剣な取り組みが必要ですね。
 
 再度の法律改正を求める前提として、業界は、新たな残骸を生まないという覚悟のもとで、販売会社主導の悪弊を廃し、その同じ覚悟のもとで、統一的な事務システムの開発を進めるなど、事務面の合理化を図らなくてはなりません。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資信託業界を清潔にするための残骸除去計画について (2021.11.18掲載)
最近のコラムですが、本コラムとの関連で改めて読んでいただきたい論考です。
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金融における葡萄畑の宝探し (2016.10.13掲載)
金融業における不毛な低コストでの新規顧客獲得競争は、体力勝負の消耗戦によって、利益率が低下するだけで、何ら価値を生み出すことはなく、真に成長しているとはいえません。この金融業においてイソップの葡萄畑の宝探しの寓話を例に、自分の畑を深く耕すこと、つまり既存顧客に対して、顧客本位の視点で業務を遂行し、顧客との共通価値の創出を目指すことの重要性を論じています。

投資が預金と同じくらい普通になるために (2019.4.18掲載)
国民生活を根底で支える重要な経済的機能である投資ですが、投資という言葉が危ない投資も含めて広義に使われ、危ない投資が目立つために、正当な投資にまで誤解が生じているのではないでしょうか。明確な価値基準をもち、厳格で規律ある投資判断を貫徹する「投資」と、価値基準を定めず、単なる価格変動を機会と捉えるギャンブルと同じような「投機」が混同されていることを問題視しています。
(文責:翁)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。