みずほの企業風土は金融庁の行政処分で変わるのか

みずほの企業風土は金融庁の行政処分で変わるのか

森本紀行
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みずほ銀行は、短期間に8回ものシステム障害を起こし、顧客に重大な影響を与えたことから、金融庁の行政処分を受けたわけですが、さて、みずほ銀行のどこが悪いのか。
 
 「銀行法」第26条第1項は、「内閣総理大臣は、銀行の業務若しくは財産又は銀行及びその子会社等の財産の状況に照らして、当該銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があると認めるときは、当該銀行に対し、措置を講ずべき事項及び期限を示して、当該銀行の経営の健全性を確保するための改善計画の提出を求め、若しくは提出された改善計画の変更を命じ、又はその必要の限度において、期限を付して当該銀行の業務の全部若しくは一部の停止を命じ、若しくは当該銀行の財産の供託その他監督上必要な措置を命ずることができる」としていて、政府に極めて強力な権限を付与しています。
 他方で、同法第1条は、第1項において、「この法律は、銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もつて国民経済の健全な発展に資することを目的とする」としていますが、同時に、第2項においては、「この法律の運用に当たつては、銀行の業務の運営についての自主的な努力を尊重するよう配慮しなければならない」としています。
 つまり、政府は、第26条第1項の強権を発動できるにしても、第1条第2項との関係において、「銀行の業務若しくは財産又は銀行及びその子会社等の財産の状況に照らして、当該銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があると認めるとき」という条件を極めて狭く厳格に解さなければならないはずなのです。
 
11月26日、金融庁は、みずほ銀行に対して、第26条第1項の業務改善命令を発出していますが、これは異常な事態なのでしょうか。
 
 金融庁は、処分理由として、本年の2月から9月にかけて、「顧客に影響を及ぼすシステム障害を計8回発生」させた事実を挙げ、更に、「このように短期間に複数のシステム障害を発生させたことにより、個人・法人の顧客に重大な影響を及ぼし、社会インフラの一翼を担う金融機関としての役割を十分に果たせなかったのみならず、日本の決済システムに対する信頼性を損ねた」との判断を示しています。
 しかし、こうした表面に現れた事実だけでは、それが極めて深刻な問題事象だとしても、強権発動を可能にするには不十分で、真の処分理由は、「システム障害が発生する度に対策を講じたとしても、過去の教訓を踏まえた取組みの中には継続されていないものがあるという点、あるいは環境変化への適切な対応が図られていないものがあるという点において、自浄作用が十分に機能しているとは認められない」という指摘に帰着するのだと考えられます。
 つまり、金融庁は、システム障害は経営体質の深いところに起因していて、ここで行政介入して経営態勢の抜本的な改革を断行させない限り、必ず同様の事態が再発するとの判断のもとで、行政処分に踏み切ったわけですから、それほどに、みずほ銀行の経営は異常だということです。
 
みずほフィナンシャルグループも行政処分を受けたのでしょうか。
 
 「銀行法」は、銀行持株会社について、第52条の33第1項に、銀行に関する第26条第1項と同様の規定をおいていて、みずほフィナンシャルグループは、これにより、みずほ銀行と同時に、業務改善命令を受けていますが、処分理由は、みずほ銀行の経営に対する管理監督責任を負う立場にありながら、自分自身の経営管理上の問題により、その責務を適切に果たせなかったというものです。
 しかし、これだけの理由では、行政処分を行うのに不十分のはずですから、金融庁は、みずほフィナンシャルグループの経営管理上の問題は、同社の自律的改革に委ねておいたのでは、治癒し得ないほどに深刻であると判断したのだと考えられます。
 
責任の連鎖の全体像は、どうなっているのでしょうか。
 
 みずほ銀行の基幹システムの所管部門においては、安定稼働に欠くことのできない諸要件を完全に把握することなく、必要な検証を怠ったため、安定稼働のための保守管理態勢を構築できていなかったにもかかわらず、同行の経営執行部は、基幹システムが安定稼働していると誤認し、不適切な人員の配置転換や経費削減等を行うことによって、基幹システムの障害予兆管理や障害発生後の復旧において、対応力を弱体化させたとされています。
 そして、同行の取締役会については、「障害分析や予兆管理の状況、障害に係る訓練の実態、IT人材の適正配置の状況などを継続的に報告させるといった、有効な牽制機能が働くシステムリスク管理態勢を整備していなかった」ために、基幹システムの「運用管理に係る脆弱な実態を把握しておらず、執行責任者に対し、適切な指示等を行える態勢となっていない」と指摘されています。
 
更に、その上に、持株会社の責任が加わるのですね。
 
 金融庁は、同行の経営資源配置の決定責任は持株会社みずほフィナンシャルグループにあり、故に、事案の真の原因は同社の経営陣の誤った業務執行にあると考えていて、特に、問題視しているのは、「システムに係るリスクと専門性の軽視」と「IT現場の実態軽視」のもとで、経費削減を重視したことによって、基幹システムの脆弱化をもたらした点、および、「過去のシステム障害等も踏まえた危機管理を含む高度な専門性が求められるCIOの人選や候補者育成の指針となる人材像を明示的なものとして策定していなかった」点です。
 また、同社の取締役会については、「構造改革に伴うシステムリスクに係る人員削減計画と業務量の状況について、十分に審議を行っていない」、「グループCEOや主要経営陣の候補者の人材像について十分な議論を行っていない」という指摘を行っているほか、リスク委員会については、大規模なシステム障害を重点リスクに選定して、対応策の重要性を提言しているのに、執行部門の不十分な対応を放置している、監査委員会については、ITの管理態勢を課題に設定しているのに、内部監査部門から改善提言のないことを放置していると指摘しています。
 
最終的に、金融庁は何を求めたのでしょうか。
 
 金融庁が二社に対して業務改善の内容として求めたことは、当然至極のことながら、システム障害の再発防止策、およびシステムの安定稼働等に必要となる経営管理態勢の整備なのですが、それに加えて以下のことを求めたのは、異例だと思われます。
 「一連のシステム障害の真因として挙げたシステムに係るリスクと専門性の軽視、IT現場の実態軽視、顧客影響に対する感度の欠如や営業現場の実態軽視、言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢といった企業風土を改め、各々の役職員が顧客影響に対する感度を高めていくなど、組織的行動力を強化し、行動様式を変革していくための具体的な取組み」
 
「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢」というのは、唐突ですね。
 
 「顧客影響に対する感度の欠如」については、「顧客影響」とはシステム障害が顧客に与える影響の意味でしょうから、指摘事項との関連性を理解できなくはないですが、「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢」については、指摘事項との関連性が全くなく、そもそも、システム障害との関連において、具体的に何を意味するのか不明です。
 
「言うべきことを言わない」とは、能動的な情報収集を怠っているという意味でしょうか。
 
 取締役は、システム障害の予兆や、その可能性が高まっていることを推測させる事象が発生したときは、能動的に情報を収集して、監視を強化すべき義務を負うわけですが、みずほ銀行の場合は、過去にも大規模なシステム障害を起こした前歴があるので、取締役は、常に再発の危険性を意識して行動すべきだったのであり、同様に、経営執行部は、システム部門の現場に能動的に働きかけ、現場の問題を理解すべきであったということかもしれません。
 しかし、「言われたことだけしかしない」は、現場についていわれていると解するほかなく、ならば、「言うべきことを言わない」についても、現場は、経営執行部に対して、システムが安定稼働しているとの誤解や、不適切な人員転換や経費削減などについて、強硬に異を唱えるべきであったという意味かもしれませんが、この辺の金融庁の真意は不明です。
 
要は、不健全な企業風土を醸成した経営責任に帰着するのでしょうか。
 
 結局、金融庁は、度重なるシステム障害の究極の原因を企業風土に帰したうえで、その抜本的な刷新を命じたということのようです。では、みずほとして、どのような企業風土刷新計画を策定し、いかにして実行するのか、これは非常に興味深い事案です。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
みずほ銀行のどこがいけないのか (2013.11.7掲載)
みずほに対する8年前の論考です。今回、金融庁が企業風土まで言及せざるを得なかった理由の一端が読み取れます。
2013年、経営陣が反社会的勢力への融資の存在を知りながら対策を講じずに放置した際の業務改善命令についての論考です。
金融庁の行政処分というのは、監督の立場として、銀行経営の自律的内部統制により、問題行動を排除できるような態勢が構築されているかどうか判断するものであり、この銀行は、行政処分によって変わり得るものなのか、経営態勢の欠陥として、極めて深刻な問題だと述べています。

スルガ銀行の不正は社外取締役の働きで防げたか (2018.10.25掲載)
2018年のスルガ銀行の組織的不正から、社外取締役の存在意義について再考した論考です。
第三者委員会の調査報告書では、取締役会に十分な情報が提供されていなかったとして、社外取締役の責任は認めませんでした。即ち、自ら進んで情報収集する義務はないとしたわけですが、内部者とは全く別の角度から異常を感知し、そこから情報収集活動を開始して、問題点を鋭く指摘するような期待がなければ、社外取締役は無意味ではないかと論じています。

行政処分を受けた野村證券よりも悪い人たち (2019.6.6掲載)
2019年、金融庁は、「不適切な情報伝達事案」について野村HDと野村證券に対する行政処分を行いました。野村證券の内部における重要情報の管理態勢不備とされていますが、重要情報の入手経緯と、その重要情報を利用した実際の取引の実態は不明です。市場の公正性・公平性は、証券会社だけによって実現できるものではなく、投資家を含む市場参加者全員の協働によって確保されるものだと論じています。
(文責:飯塚)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。