みずほのESGは投資戦略なのか営業話法なのか

みずほのESGは投資戦略なのか営業話法なのか

森本紀行
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投資運用業において、ESGSDGsは、投資戦略上の判断要素なのか、投資戦略を超えた社会的責務なのか、それとも、投資戦略とは関係のない営業話法なのか。
 
 アセットマネジメントOneの「グローバルESGハイクオリティ成長株式ファンド」という投資信託は、様々な側面から注目を集めています。なによりも驚くべきは、同社は、みずほフィナンシャルグループに所属する投資運用業者として、みずほ銀行などの同グループ傘下の販売会社に独占的に販売させることで、2020年7月20日の設定以来、極めて短期間に、約1兆円もの巨額な資金を集めたことです。要は、恥じらうこともなく、利益相反の外貌を露骨に晒しているわけです。
 確かに、ESG投資の社会的認知は進んではいるのでしょうが、その高まりつつある世の関心に対して、みずほフィナンシャルグループが総力を結集して最も顧客の利益に適う投資信託を開発したところ、1兆円もの資金が自然に殺到してきたとは考え得ません。実態は全く逆で、みずほフィナンシャルグループは、グループ全体の利益のために、総力を結集して営業展開し、1兆円もの資金を無理矢理に集めたのだと、誰しも思うはずです。
 
同グループの「フィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」には、立派なことが書いてありますが。
 
 みずほは、「持株会社およびグループ各社は、利益相反のおそれがある取引をあらかじめ特定・類型化し、具体的な管理方法を定めること等により、適切な管理を行います。また、利益相反の具体的内容等について分かりやすい情報提供を行う等、グループ内の利益相反管理の高度化に取り組んでまいります」と宣言していますが、これが嘘でないとしたら、みずほにおける「利益相反管理の高度化」とは、極限的に低次元の水準から、著しく低次元の水準にまで、ほんの僅かに上昇させることを意味しているわけです。
 
この投資信託が注目される理由は、利益相反もさることながら、「グローバル・ハイクオリティ成長株式ファンド」との類似性ではないでしょうか。
 
 アセットマネジメントOneは、2016年9月30日に、実質的な運用者としてモルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントを起用して、「グローバル・ハイクオリティ成長株式ファンド」という投資信託を設定していて、こちらについては、多数の販売会社を使っているのですが、2020年7月に、同じ運用者のもとで、基本的な投資戦略を共有するものとして、ESGが名称に加わった投資信託を新たに設定し、みずほグループの独占販売として、短期間に1兆円を集めたのです。
 この異常な展開は、当然に、業界の強い関心を集めるわけですが、自然に生じる疑念は、ESGという用語は、みずほの純然たる営業政策のもとで、単なる流行り言葉として、販売話法を組み立て易くするために、付加されたにすぎず、名称にESGを含む投資信託は、それを含まない投資信託と本質的な差はなく、表層的な差は、ESGらしく見せるための化粧なのではないかということです。
 
その疑念については、立証も反証も、共に不可能ですね。
 
 まさしく、その点こそ、ESGやSDGsに関して、世界の金融規制当局が苦慮していることです。世界中の金融機関にとって、ESGやSDGsは、危機であると同時に巨大な収益機会でもあって、みずほにみられる営業姿勢は、程度の差こそあれ、どこにも共通していて、規制当局としては、営業話法にすぎない偽物のESGやSDGsを無視し得なくなっているわけですが、そもそも何が本物であるのか自体、必ずしも明瞭ではないのです。
 
名称における虚偽表示という側面から、論じられることでしょうか。
 
 みずほの事例で、ESGと名称に表示されていない投資信託についても、実は、重要な銘柄選択基準としてESGが掲げられていて、逆に、ESGと表示されている投資信託についても、ESG以外の銘柄選択基準が掲げられているので、ESG重視というのは、単に程度の差にすぎません。その程度の差について、食品等においては、成分の含有量等の数値指標により、表示が規制されていますが、金融規制当局として、ESGやSDGsを厳密な数値指標等で定義して、表示を規制することは不可能だと思われます。
 
説明責任の問題になるのでしょうか。
 
 規制当局の対応としては、投資運用業者の説明責任を強化する方向で検討せざるを得ないと思われます。しかし、ESGやSDGsに対する態度の決定は運用者の独自の判断なのですから、情報開示に関する統一的な規制を設けることは適当ではなく、いかに運用者が説明するかは、基本的には、自主的な努力に委ねられるべきです。
 
投資判断の前提として、受動的に対処するだけならば、説明は不要ではないでしょうか。
 
 運用者として、誰しもESGやSDGsの進展が未来の産業構造を変えると考えているはずで、投資の本質は未来への変化に賭けることである以上、その変化の過程に投資機会を見出すことは当然の使命にすぎず、そこに殊更に説明すべき何ものもないわけです。
 むしろ、このようにESGやSDGsに受動的に対応し、それを単に投資判断の前提にするだけで、そこに能動的に関与するのでなければ、投資戦略の名称としてESGやSDGsを表示することは不適当なので、規制されるべきかもしれません。みずほの事案で問われているのは、まさに、この点です。
 
逆に、ESGやSDGsの理念に能動的に関与する意図ならば、その旨を表示し、関与の方法を説明すべきだということですね。
 
 年金基金等の機関投資家、および、それらを顧客にしている投資運用業者には、合理的で効率的な手法によって投資収益を追求すべき義務が課せられているのですが、ESGやSDGsの理念に積極的に関与することは、例えば、投資対象を狭く制限することによって、投資の効率性を低下させるなど、その義務に抵触する可能性を生じます。
 そこで、投資運用業者としては、義務に抵触しないことを証明するために、銘柄選択基準や排除基準など、ESGやSDGsの理念に関与する方法、その関与が中長期的には優れた投資成果につながる蓋然性、逆に優れた投資成果につながらない危険性について、説明が必要になると考えられます。
 
ESGやSDGsには投資収益から独立した固有の価値があるとは考え得ないでしょうか。
 
 個人や財団など、特別な社会的責任を負わない投資家には、投資収益以前の問題として、ESGやSDGsの理念に共感し、そこに非経済的価値を見出すものが少なくないと思われますし、また、高度な法律論ではありますが、社会的責任を負う投資家についても、逆に責任を負うからこそ、ESGやSDGsの理念を支持すべきだとの考え方もあり得なくはないでしょう。
 この場合、投資運用業者が何らかの非経済的価値の実現を掲げ、それに共感する投資家が現れたときに、その投資家の期待は保護されるべきです。そこで、規制当局としては、投資運用業者に対して、いかなる価値の実現を目指すのか、いかにして価値は測定されるのか、いかにして価値は実現したのか、あるいは、いかなる理由で実現しなかったのかなどについて、情報の開示と詳細な説明を求めることになるはずです。
 しかし、投資運用業者として、そうした開示と説明が可能であるためには、投資先の企業において、ESGやSDGsへの取り組みに関する情報の開示がなされていなければなりませんが、そこに統一的な開示規則を導入することは、必ずしも簡単ではないでしょう。
 
いかなる非経済的価値も、最終的には、経済価値に還元されるのではないでしょうか。
 
 おそらくは、その点に、金融規制当局の最大の関心があるのではないでしょうか。なぜなら、非経済的価値の実現を理念として掲げたとき、結果的に経済的成果が伴っても、それが伴わなくても、掲げた理念によって同じく説明されることは、明らかに不当だからです。
 金融規制当局は、政府の一部門として、政府がESGやSDGsを推進することに対して、協力的であるべきですが、どのような政策も、産業構造改革を促して、新たなる成長の源泉になることを前提にしているのですから、規制の目的は、ESGやSDGsの理念の普及ではあり得ずに、経済的価値を生まない名前だけのESGやSDGsを排除することであるべきなのです。
 
ところで、みずほのESGは成果を生んでいるのでしょうか。
 
 ESGを名称に含む投資信託が設定された2020年7月20日から、2021年12月30日まで、二つの投資信託の累積収益率を比較すると、ESGを名称に含まないほうが34.58%であるのに対して、ESGを名称に含むほうは25.92%となっています。この大きな差について、いかに評価するかは、読者の判断に委ねます。
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(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。