みずほ銀行、および持株会社のみずほフィナンシャルグループは、1月17日に、金融庁に業務改善計画を提出したと発表し、同時に、その概要を公表しました。これは、一連のシステム障害に関して昨年の11月26日に受けた業務改善命令に対する回答なのですが、提出文書本体にある重要事項のうち、特別な理由から公開されなかった部分があるとは想像されるにしても、少なくとも、公表された概要をみる限り、金融庁の命令に答えたものになっていません。
金融庁から指摘された問題の真因に対する回答がないということですか。
金融庁は、近時、行政手法を高度化させていて、問題事象の根本原因への遡求を徹底させています。みずほに対する業務改善命令においても、一連のシステム障害の直接的な原因を除去するように命じるのは最低限のことにすぎず、その背後にある問題の真因を具体的に特定したうえで、そこへの対応を強く求めているのです。金融庁の文書から引用すれば、以下の通りです。
「当庁としては、これらのシステム上、ガバナンス上の問題の真因は、以下の通りであると考えている。
(1)システムに係るリスクと専門性の軽視
(2)IT現場の実態軽視
(3)顧客影響に対する感度の欠如、営業現場の実態軽視
(4)言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢
これらの真因の多くは、当行において発生させた平成14年及び平成23年のシステム障害においても通底する問題である。そのことからすれば、当行及び当社においては、システム障害が発生する度に対策を講じたとしても、過去の教訓を踏まえた取組みの中には継続されていないものがあるという点、あるいは環境変化への適切な対応が図られていないものがあるという点において、自浄作用が十分に機能しているとは認められない。」
金融庁としては、「自浄作用が十分に機能しているとは認められない」ので、監督権限を行使して、外部から変革させるということですか。
「銀行法」第26条の業務改善命令は、そう簡単には発動され得ないもので、実際に発動されたからには、改善命令の対象は、システム障害という技術的なことではなく、システム障害の頻発を防ぎ得ない経営統治上の重大な欠陥という極めて高い次元にあると考えるほかありません。つまり、経営統治態勢を抜本的に改めない限り、システム障害は必ず再発するというのが金融庁の判断だということです。
公表された概要には、そもそも、真因に関する自己認識がありませんね。
統治不全の原因の徹底した究明なくしては、有効な統治改革案は作れないはずですが、公表された概要には、原因についての自己認識に関する言及が全くないので、改善策は単なる作文としてしか読めません。金融庁に提出されたものには詳細な記載があるとしたら、なぜ、その部分が非公開にされるのか理解に苦しみます。失った社会的信用を回復するためには、金融庁よりも、むしろ社会に対して、説得力のある改善計画を発表すべきだからです。
あるいは、金融庁が問題の真因を既に特定していて、みずほとしては、それに完全に同意しているので、公表した概要のなかで改めて言及する必要はないという判断だとしたら、読者に対して、自分で金融庁の文書を探し出してきて、それと対照して読めと要求するようなもので、著しく不親切で不誠実な態度だといわざるを得ません。
金融庁のいう「顧客影響に対する感度の欠如」は、ここにも露呈しているわけですか。
「顧客影響に対する感度の欠如」は、この対外発表の場合には、読者の反応に対する感度の欠如として発現していると考えられます。社会常識の問題として、みずほがとるべき本来の対応は、金融庁の指摘している真因、即ち、統治不全に起因する四つの事象について、内部調査に基づく自らの見解を述べ、その見解に対応させて改善計画の主旨を説明することだったはずです。
しかし、実際には、例えば企業風土の改革について、一方では、「お客さま・社会に向き合う〈みずほ〉の価値観の共有、腹落ち感の醸成等」のような極めて抽象性の高いことが掲げられ、他方では、「トップメッセージ発信等も可能な社内SNS導入」のような具体的とはいえ細かい小さな施策が羅列されているだけで、そもそも、「〈みずほ〉の価値観」についてすら、何の説明もなされていません。
「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢」という金融庁の指摘に対しては、どのような回答になっているのでしょうか。
この指摘は、業務改善命令のなかで、全体との連関が明らかにされずに、唐突に登場します。故に、本来ならば、みずほとして、この指摘に関する自己認識を表明したうえで、改善策の説明を行うべきなのですが、それもなされていないので、読者が主旨を想像するほかありません。
最初に考えられるのは、取締役の能動的な情報収集に基づく発言がなされていなかったという事態です。実際、改善計画には、「社外取締役の情報収集力を強化する観点より、取締役会室・監査等委員会室から情報共有の充実、社外取締役間の意見交換や職場訪問を含めたグループ役職員との直接・間接のコミュニケーション機会の充実」が掲げられています。
しかし、より重要なことは、「IT現場の実態軽視」、「営業現場の実態軽視」という指摘との関連です。この軽視について、現場は問題点を指摘しているのに経営陣は耳を貸さなかったとの意味に解するのならば、「言うべきことを言わない」の意味が不明となり、現場には「言われたことだけしかしない姿勢」があったのだとしたら、軽視という表現が理解できなくなりますが、この点について、改善計画には説明がありません。
現場の実態軽視とは、経営陣が現場に何もいわせないことではありませんか。
改善計画は、原因を特定して、原因に応じた対策を述べる体裁になっていませんが、記載されている対策から原因を想像できなくもありません。例えば、「社員が自由に行動・発言できる環境や雰囲気の醸成」と対策にあるのは、原因として、社員が自由に発言できる状況になかったことを推定させます。
また、対策として、「社員の力を引き出しその声を確りと受け止める姿勢、各所掌を超える経営陣の闊達な議論、過度な内部作業を強いられる社員への目配り等」や、「上意下達に止まらない対話」を掲げるからには、原因として、経営陣が社員の声に耳を傾けず、一方的な上意下達を行い、不適切な人員配置で社員に過大な負荷をかけたうえに、部門間の連携すら行っていなかった事態を推測させます。
故に、システム障害の真因と考えられるのは、経営陣は、強圧的な姿勢のもとで、社員に発言の機会を与えず、しかも、部門間の調整すらしなかったために、ITと営業の双方の現場の実情を理解することなく、システムが安定稼働しているとの事実誤認のもとで、不適切な経費削減を行うなどの誤った経営判断を繰り返したことです。
更に遡れば、資金決済基盤の提供という社会的責務に対する経営陣の自覚の欠如が真因ではないでしょうか。
「銀行法」第26条が発動されたからには、金融庁の究極の論点は、みずほが社会的責任を果たせなかったこと、そして、更に、その根本原因として、経営陣の社会的責任に関する自覚が欠如していることにあるはずであって、金融庁が不適切な人員配置と経費削減を問題視しているのは、この論点に関連していると考えられます。
即ち、問題の根源は、みずほの経営陣にとって、システム部門は、銀行の事務部門として、経費削減の対象になっており、資金決済基盤の提供という社会的価値の創造部門として、機能高度化のための積極的な投資対象になっていないことなのです。
みずほの経営陣は、依然として、古い銀行の枠内にあるわけですか。
金融庁が金融と非金融の境目の流動化に着目している時勢において、みずほの持株会社の経営陣は、さすがに資金決済機能が非金融部門として分離していくことの認識はあるにしても、それが銀行業の解体につながるとの認識に到達しておらず、銀行子会社の経営陣と同じ視野において、経営判断していたこと、これが問題の究極の真因です。しかし、業務改善計画と経営陣の刷新は、その答えになっていません。
・みずほの企業風土は金融庁の行政処分で変わるのか (2021.12.23掲載)
金融庁が、みずほ銀行が度重なるシステム障害を起こしたことに対し、業務改善命令を出したことを受けて書かれた論考です。注目すべきは、システム障害の再発防止など当然の指摘事項に加え、システム障害と直接関連性がないと思われる企業風土の改善を求めたことです。金融庁は、度重なるシステム障害の究極の原因は企業風土にあると判断し、抜本的な改革を断行するよう命じました。経営が異常であると指摘したに等しく、みずほの今後の対応が興味深いと論じています。
・銀行を捨ててこそ捨てられない銀行になれる (2019.7.25掲載)
2019年に実施された早期警戒制度の見直しの要点は、「収益性」とされていたものが「持続可能な収益性と将来にわたる健全性」に変更されたことです。金融庁は、地方銀行の統合を推進しようとしているとの見方が強いようですが、それは誤解であって、銀行の視点を超えた差別化が必要だということです。銀行の視点で事業を構想する限り、経営の革新は起きない。銀行を捨ててこそ、顧客から捨てられない銀行になれると論じています。
・経営は賭けだからガバナンスが大事なのだ (2021.5.20掲載)
企業経営におけるガバナンス問題の要諦は、経営者の選任という難問に収斂しています。日本の企業経営者は、ほぼ全て事業執行責任者の延長であって、経営固有の機能が分離されておらず、事業執行部との間に適切な距離を保てていません。経営者は、現場との距離を保とうとするとき、必然的に社外取締役と外部の専門家を上手に使うことになり、自分の事業を相対化して冷静に再評価できるようになり、真の改革へと動機付けられると論じています。
(文責:飯塚)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。