リスクテイクを徹底すれば投資で損をしないのだ

リスクテイクを徹底すれば投資で損をしないのだ

森本紀行
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投資の原則は損をしないことです。資産には本源的収益が内包されているのですから、投資とは、その収益を帳消しにするような損失をださないように、資産を管理することなのです。
 
 投資対象としての資産は、必ず現金を創出するものであって、本源的に収益を内包しています。投資においては、資産が内包している収益の総額、即ち、将来において資産から創出される現金の総額は、資産を取得するために最初に投じられる現金よりも大きいと期待されていて、その増加分が投資の利益になるわけです。
 
資産に投じられた現金は、増加しないで、減少することもありますね。
 
 投資対象の現金の創造には不確実性が伴いますから、投資の成果は、利益にもなれば、損失にもなり、それらの損益額も変動します。そして、その不確実性のあり方は、資産の種類に応じて異なっていて、例えば、国債という資産の場合は、利息と元本償還の金額、および支払日が確定していて、発行体による元利金の支払も確実なものとみなされ得るので、最も不確実性の小さなものとして、全ての投資対象の基準になっています。
 この基準になっている国債に、多種多様な不確実性が加えられて、多種多様な資産が形成されています。例えば、社債の信用力、不動産の賃料収入、株式の配当、外貨建て資産の為替など、資産には、種類に応じて、多数の様態の異なる不確実が付随しているわけです。
 
不確実性とは、資産価値の変動に関するものでしょうか。
 
 資産の価値とは、資産が将来において創造すると期待される現金の現在価値であって、資産の取得とは、その取得時点において評価される資産価値と、同額の現金とを等価交換することです。取得後、資産価値の評価額は、経済環境等の変化に応じて、変動していきますから、投資における不確実性とは、原理的に、この投資対象の価値変動に関するものになります。
 
資産価値の変動に応じて、資産価格も変動するはずで、不確実性は、むしろ、資産価格の変動に関するものではないでしょうか。
 
 資産は、市場で取引されるとき、価格が付与されます。不特定数の市場参加者が公正な条件で取引するとき、即ち、誰も特別な情報の優位をもたずに取引するときに形成される価格は、市場参加者の平均的な資産価値評価を反映したものになるはずですから、その限りにおいて、資産の価値と価格は一致していると考えられます。
 このとき、常識的には、市場参加者の平均的な価値評価が変動することを原因として、価格変動が生じると考えられやすいのですが、事実として観察されるのは価格の変動だけであって、その背後に原因を想定するのは人間の本性のなせることとはいえ、資産価格の変動のような社会現象については、原因の特定は不可能なのです。
 つまり、価格変動の背後には、市場参加者の平均的な価値評価の変動に加えて、その心理的動揺、大口取引による需給の一時的な歪みなど、多種多様な要因が複合して作用しているはずですから、資産価値の変動に関する不確実性は、資産価格の変動に関する不確実性の要因であるとはいえ、両者は異なるものになるわけです。
 
リスク管理、即ち、不確実性の管理は、投資の必須の要件ですが、価値と価格、どちらの不確実性が重視されるべきでしょうか。
 
 不確実性が投資にとって大きな意味をもつのは、それが損失の可能性になるからです。投資の基本行動は、損失回避のための対策、あるいは最大損失を許容範囲内に抑えるための対策を講じることであり、故に、不確実性の管理が必須になるのですが、現象として観察されるのは、価格の変動だけですから、それは価格変動を基礎にしたものにならざるを得ません。
 
価格の下落は、必ずしも損失ではありませんね。
 
 簡単な例として、満期10年の国債があり、利息が満期時に複利計算で一括して支払われるとします。これを満期まで保有するとき、国家財政が破綻して償還不能にならない限り、投資時点で収益率は確定していて、損失の可能性はありませんが、その間、市中金利の変動に応じて、価格は不確実な変動を続けています。
 この場合、価格の変動があっても価値の変動はないのですから、10年の投資期間を変更しない限り、価格変動は無視し得るものになりますが、何らかの事由で現金化する必要に迫られ、投資対象の国債を売却せざるを得なくなったとき、価格が下落していれば、損失が発生し得るわけです。故に、損失を回避するためには、現金化が強制される事態を回避しなければならないのです。
 
現金化が強制される事態とは、どのような場合でしょうか。
 
 典型的には、投資される資金に使途が予定されているのに、使途が具体化するまでの期間と投資の期間とが一致していないときです。例えば、投資対象の価格の一時的な下落は、遠い将来の老後生活のために若い勤労層が行う資産形成においては、損失になりませんが、高齢者が年金の補完として定期的に取り崩している途上の資金においては、損失になり得ます。
 また、価格の下落が心理的動揺を惹起し、理性の冷静な判断能力を失わせて、狼狽のもとで現金化に至ることは、心理的強制と呼び得る事態であって、損失の原因の代表例になっています。更に、金融機関などでは、リスク管理手法として、価格が決められた範囲を超えて下落したときに現金化することを内部規則にしている事例が多く、この場合は、組織的強制が損失を確定させているのです。
 故に、損失を回避するためには、資金使途との関係において、投資期間が適切に定められていなければならないほか、心理的動揺を克服することや、投資目的に適合した組織統制の設計など、様々な工夫が必要なのであって、そうした工夫を凝らすことが真のリスク管理なのです。
 
心理的動揺は、どうすれば克服できるでしょうか。
 
 投資対象の価値について確信をもつこと以外に、心理的動揺を克服する方法はありません。つまり、価格が下落したときに、改めて価値の評価を行い、価値の毀損に起因した下落ではないと確信できれば、安心して保有を継続できるわけですし、価値よりも低い価格を絶好の投資機会にすることができるのです。
 投資において、投資対象の価値の分析が重要な意味をもつのは、第一に、価値のある投資対象を選択している限り、投資対象に内包された利益が自然に生成してくるからであり、第二に、価値に対する確信を形成することで、価格変動が発する雑音を無視して、一貫した投資方針を堅持できるからです。
 
価値の毀損は、明らかに損失ですよね。
 
 価格の下落の背後に、公開情報よって投資対象の価値の毀損を裏付ける事象が確認されるときは、その価格の下落は明らかに損失です。より厳密にいえば、価値の毀損が損失であって、それが価格の下落として具現化するわけです。故に、投資においては、損失回避が基本なのですから、徹底した投資対象の分析によって、価値の毀損される可能性の少ないものを厳選することが重要になるのです。
 
価値の毀損は、いかに徹底した分析をしたとしても、完全には回避できませんね。
 
 価値の毀損の可能性こそ、投資の真のリスクであって、真の投資は、投資対象の分析を徹底しても残る価値の毀損の可能性、即ち、リスクについて、常に自覚的に意図的に賭けているとの意識を堅持することとして、リスクテイクなのです。
 そして、真のリスク管理は、リスクテイクの貫徹を妨害する諸要因、即ち、価格変動が引き起こす心理的動揺等の雑音を排除し、意図せざる強制的な売却を回避することであり、そこで管理されるべきリスクは、リスクテイクのリスクとは異なり、単なる価格変動にすぎないボラティリティなのですから、ボラティリティ管理と呼ばれるべきです。
 
真のリスク管理こそ投資の本質であり、それはリスクテイクとボラティリティ管理に分解するわけですか。
 
 投資とは、第一に、リスクテイクを徹底することで、投資対象の価値の毀損の可能性を最小化して、そこに内包されている価値の実現を享受することであり、第二に、ボラティリティ管理を徹底することで、価格の下落時における意図せざる損失を回避し、逆に、価値よりも低い価格で投資できる機会を発見することです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資判断における保守主義の原則 (2010.6.17掲載)
不動産投資を例に、投資判断の原則が纏められています。不動産投資における本源的価値は、将来のネット賃料収入の現在価値であり、損失の可能性は、物理的な損失のほか稼働率の低下です。そして、バブルや所有者の金融的破綻に伴う価値と価格の乖離が投資の機会になり得ること、何よりも重要なのは、価値の上昇を見込まないという保守的判断(保守主義)です。

金融における本源的リスクテイクとリスクアペタイトフレームワーク (2016.7. 7掲載)
事業には、事業目的遂行のために自覚的に取る本源的リスクと、本源的リスクに付随するリスクがあり、両者は全く別の階層で管理すべきものです。どのようなリスクを自覚的に取り、どのように付随リスクを管理するかは、企業のコア・コンピタンスを明らかにすることでもあります。

投資から投機を駆逐するために (2019.10.17掲載) 
投資とは、産業活動に資金を投じ、その活動が生み出した付加価値の一部を投資収益として回収することで、価格変動の機微をつく投機とは本質的に異なります。投資が長期とされるのは、長い時間をかけて実現していく価値から資金を回収するからであり、長期であれば価格変動リスクを能動的に取れるということではありません。
(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。