組織を超えて投資のプロフェッショナルとして賭け得るために

組織を超えて投資のプロフェッショナルとして賭け得るために

森本紀行
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投資の本質である賭けは、賭けの定義により、組織に帰属させることはできません。なぜなら、組織の決定には、必ず根拠が必要だからです。
 
 投資とは、現時点で資金を投じ、投じられた資金が生む未来の果実を収穫することですが、未来に生起する事象については、多くのことが過去の事実の延長として合理的に推論され得るにしても、過去と断絶された新奇なことが必ず含まれるのですから、投資判断は、合理的推論だけでは形成され得ずに、それを超えた決断にならざるを得ません。
 合理的な根拠を欠く決断は、賭けと呼ばれるべきです。振られた骰子の目が偶数と出るか、奇数と出るかについては、合理的推論は成立しません。故に、骰子の目を当てることは賭けなのです。ならば、投資には、不確実な未来への賭けの要素を含むわけです。
 
賭けは、投資だけではなく、人が生きること自体に伴うものではないでしょうか。
 
 人は、常に、複数の選択肢のなかから、一つの具体的な行動を選択していて、その選択判断には、程度の差こそあれ、賭けの要素が含まれています。例えば、飛行機に乗ることは、墜落の可能性についての賭けなのです。しかし、通常は、それが賭けとして意識されることはありません。なぜなら、多くの場合、過去の経験等に基づく推論を行うことにより、十分に合理的な解に到達し得るからで、賭けとはいっても、一定の蓋然性のなかに制御された小さな賭けだからです。
 
企業などの組織も、賭けているのでしょうか。
 
 組織の意思決定は組織の合議を経てなされるわけですが、合議は合理的な根拠の共有を前提にしている以上、組織としての賭けはあり得ません。賭けは必ず個人の決断なのであって、組織においては、個人への権限移譲の体系において、階層的に個人の賭けがなされているのです。
 つまり、権限移譲は、一番小さな賭け、即ち、一番小さな不確実性のもとでの決定は、最下層の組織に属する個人によってなされ、その組織の長によって承認され、より大きな賭けは、組織の長自身によってなされ、上部組織の長によって承認されるように構造化されていて、組織における個人の階層が上昇するにつれて、その個人の賭けが大きくなって、最終的に経営者の賭けに到達するわけです。
 
究極の決断こそ、経営者の仕事だというわけですか。
 
 経営者より下の組織で決められないことは、経営者自身によって決められるほかなく、逆に、下部で合理的に決められることは、全て下部に権限移譲されることで、経営者の専管する責任範囲が明確になるのです。
 経営者の決断のうち最も重要なのは、革新です。革新とは、過去の延長にはなく、過去からの断絶であり、未来への飛躍ですから、論理的に決まることではなく、究極の不確実性のもとでの決断になるほかないからです。そして、革新こそ、成長の原動力ですから、経営者の仕事は、決断によって革新を主導することで、成長を実現することにつきるわけです。
 
組織として投資を行う投資運用業者や機関投資家においても、経営者が最も大きな賭けを行うのでしょうか。
 
 企業等の普通の組織においては、組織が対外的な責任を負っています。そして、組織として責任を負うとは、組織内の個人の責任が組織の頂点にいる経営者の責任に収斂していることを意味します。しかし、いわゆるプロフェッショナル業においては、全く逆に、組織は結果の責任を負い得ないのです。
 故に、プロフェッショナルは、個人として、専門家としての最善を尽くし、自己の専門的能力の全てを投じ、常に自己研鑽に励み、専らに顧客のために働く義務を負うことで、自分の仕事の品質を保証するのです。そして、職業として投資に携わるものも、組織として結果を保証し得ない以上は、プロフェッショナルとしての義務を負うわけです。
 
プロフェッショナルといえば、医師や弁護士が代表ですね。
 
 医療行為においては、いかなる治療方法の選択も、程度の差こそあれ、患者の生命に関する不確実な危険を内包しています。危険が大きくなれば、賭けと呼ばれるべき域にも達します。しかし、その決定の責任は、病院組織の上層へ吸収されることなく、どこまでもプロフェッショナルとしての医師個人に帰属します。
 大きな法律事務所に属している弁護士は、事務所としてではなく、弁護士個人として、依頼人から受任します。訴訟戦術については、訴訟結果の帰趨を左右する危険を内包しているのですが、その決定の責任は、どこまでもプロフェッショナルとしての弁護士個人に帰属します。
 こうして、プロフェッショナルの組織においては、組織を構成するプロフェッショナル個人に一番大きな賭けがあり、組織の上層は、人事や財務等の総務的機能や、情報の共有などの組織効率を高める役割を担うだけであって、そこでは、より合理的な判断、より小さな賭けが求められるにすぎないのです。
 
投資においても、投資のプロフェッショナルである個人が責任を負うのでしょうか。
 
 投資判断は、投資対象の価値の評価にかかわる判断であり、そこに未来の不確実性に関する賭けが必然的に付随するのですが、その賭けは、評価分析を行った投資のプロフェッショナル個人のものであって、決して組織には帰属し得ません。これは、医療に関する判断の賭けが医師個人に帰属し、病院に帰属し得ないのと全く同じです。
 
投資における組織の役割は何でしょうか。
 
 投資において、組織として行われるべきことは、プロフェッショナル個人の賭けについて、諸制約を設定し、プロフェッショナルに規律を課すことです。つまり、例えば、投資対象として、ある株式の銘柄を選択することは、それを担当しているプロフェッショナル個人の専管事項ですが、組織は、投資額や売却基準等を定めて、定められたことを遵守させなくてはならないのです。
 また、複数のプロフェッショナルから提案される銘柄について、全体としての構成の偏り等を調整することも、組織にしかできないことです。業界では、こうした組織的統制をリスク管理と称していますが、リスク、即ち、危険とは、プロフェッショナル個人における賭けにあるのですから、賭けの制御という意味で、妥当な名称です。
 組織的行動としてのリスク管理は、統計的手法等を用いて、合理的推論のもとでなされていて、そこに小さな不確実性を排除できないとしても、それは小さな賭けにすぎないのであって、大きな賭け、投資における本質的な賭けは、常に、プロフェッショナル個人の次元にあるのです。
 
プロフェッショナルの賭けは、組織的に制御される以前に、個人の自律によって、統制されるべきではないでしょうか。
 
 飛行機に乗ることは、飛行機が墜落しないとの信念のもとでのみ、可能です。同様に、投資は、損失を回避し得て、必ず成果を生むという信念のもとでのみ、可能なのです。その信念の形成のためには、プロフェッショナルの自律として、投資対象を徹底的に調査分析することが必要です。信念は、思い込みではなく、絶えざる経験的帰納と論理的演繹に基づく修練の結果として、常に新たなるものとして、持続的に形成されなくてはならないのです。
 プロフェッショナルとして生きることは、新たなる信念の形成とともにあります。投資における賭けは、常に賭けの自覚のもとでなされなくてはなりませんが、熟練によって、信念が信念として意識されなくなるとき、賭けの自覚が失われて、慢心が生じます。故に、信念を日々新たにすることで、賭けが常に自覚される必要があるのです。
 
信念を強化することで、より大きな賭けが可能になるのですね。
 
 信念の形成は、合理的推論のなかにありますから、小さな賭けです。小さな賭けからは、大きな飛躍も、創造も、革新も生まれません。合理的推論から形成された信念の安全圏にとどまる限り、投資の大きな付加価値は生まれないのです。
 大きな付加価値を得ようとするとき、信念のうえに、合理的推論を超えた大きな賭けが決然と断行されます。それは、合理的な推論を極めた先に開かれるもので、真のプロフェッショナルが目指すべき最高の境地です。この境地には、少数のみが到達し得るのですが、プロフェッショナルたるものは誰でも、賭けの自律的統制のもとで、絶えざる自己鍛錬により、無限の高みを目指して、挑戦し続けなければならないのです。
 
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資判断を合議で決することは不可能である (2017.12.7掲載)
組織とは責任の階層化なのであって、組織の頂点にある機関は単に現場の責任を組織の責任に吸収するためにあります。機関投資家の組織における意思決定の持つ役割や責任の所在について、企業年金を例に具体的に検討しています。

投資は情熱的に計算して理性的に賭けることだ (2021.6.3掲載)
投資への情熱は消費への情熱につながっていきますが、賭けの一つである投資に情熱を注ぎすぎると投機となってしまいます。投資への情熱は理性によって制御されるべきであることを論じています。

資産運用に携わる君よ、組織の反対を押し切れるか (2016.2.10掲載) 
業務として資産運用を行う場合、組織はリスク管理の役割を担います。時にプロフェッショナル個人による賭けと組織のリスク管理は対峙する場合があります。その際プロフェッショナルとしてはどのような対応を行うべきなのでしょうか。
(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。