社債が魅力的なのは信用格付が価格を歪めるから

社債が魅力的なのは信用格付が価格を歪めるから

森本紀行
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社債は、価値によってではなく、信用格付によって、価格が形成されるので、価値よりも低い価格で取引されるものが多くなり、豊かな投資機会を提供するのです。
 
 社債には、発行体に関する信用リスク、即ち、利息金と元本償還金の支払い能力に関する不確実性が伴うために、社債の利回りは、国債の利回りを基礎とし、信用リスクに応じて、上乗せ金利が付加されることで形成されています。上乗せ金利は、スプレッド(spread)と呼ばれていて、信用リスクが大きくなるほど、即ち、信用力が低下するほど、厚くなるわけです。
 信用リスクの指標として、社債には信用格付が付されているのが普通ですが、「金融商品取引法」第2条の定義によれば、信用格付とは、「信用状態に関する評価の結果について、記号又は数字を用いて表示した等級」ということになります。
 この等級の表示方法は、信用格付業者によって微妙に異なるものの、基本的な構造は同じになっていて、確かに法律のいう通りに、記号と数字の組み合わせになっています。具体的には、最高格付のトリプルAから、ダブルA、シングルAと低下し、次に、B格、C格と低下していくので、最低格付はシングルCになるわけです。
 金融機関や年金基金等の機関投資家においては、信用リスク管理の手法として、通常の投資対象となる社債がトリプルB以上の格付のあるものに限定されていて、こうして限定された社債は投資適格債と呼ばれています。格付がダブルB以下の社債は、投資対象として不適格なのではありませんが、投資適格債とは異なる特殊な社債として、別な資産分類のもとにおかれるわけです。
 
ハイイールド債ですか。
 
 英語のイールド(yield)は利回りのことで、ハイイールド(high yield)とは、字義通り、高利回りを意味します。ダブルB以下の社債は、当然のことながら、スプレッドが厚いので、見かけ上は高利回りになるので、ハイイールド債と呼ばれるわけです。高利回りと低格付はコインの両面で、同じものを指していますが、印象がいいのは、明らかに、高利回りです。しかし、高利回りという日本語は、印象がよすぎて、誤解を与える可能性もあるために、普通は片仮名のハイイールドが使われています。
 投資適格債とハイイールド債との違いは、信用格付の一段階の差にすぎないのですが、社債市場においては、機関投資家が強い影響力をもつために、非常に大きな意味をもちます。つまり、ハイイールド債は、機関投資家の設ける量的な投資制限が投資適格債との間に大きな価格格差を生じさせるために、単に信用リスクの高さによってハイイールドになるだけではなく、相対的な低価格によって、一段とハイイールドになるわけです。
 
ハイイールド債は割安だということでしょうか。
 
 ハイイールド債は、信用リスクの大きさによってハイイールドであるだけでは、投資対象としての特別な魅力を提供するものではありません。その真の魅力は、機関投資家が設ける人工的な投資制限によって、価格形成が非効率になっていること、即ち、本来の価値よりも低い価格で取引されていることにあります。要は、ハイイールド債は、構造的に割安だから、魅力があるのです。
 
全てのハイイールド債が魅力的とも限らないのではないでしょうか。
 
 ハイイールド債の非効率は、トリプルBとダブルBとの間の利回り格差にあります。ここでスプレッドが急激に拡大するのは、主として投資適格という人工的に設定された境界によるのであって、信用リスクの増大による効果は従たるものにすぎません。他方で、シングルBは、ダブルBと比較したときに、信用リスクの増加分だけスプレッドが拡大するだけのことで、そこに特別な魅力は新たには発生しません。
 また、静態的な魅力度のほか、動態的な視点も重要です。つまり、発行体の信用力は変化し、その変化を反映して、信用格付は改訂されていきますが、ダブルBは、トリプルBに格上げになるとき、利回りが急下降し、価格が急上昇する一方で、ダブルBに格下げになっても、価格の下落率は限られる点において、魅力的なのです。
 ハイイールド債のうち、ダブルB、およびシングルBのなかでも実質的価値がダブルBに近いと考えられるものは、ハイクォリティ・ハイイールド(high quality high yield)債と呼ばれますが、ハイイールド債の投資戦略として、ハイクォリティ・ハイイールド債に限定した戦略は、理に適ったものといえるわけです。
 
満期の短いハイイールド債も魅力的ではないでしょうか。
 
 発行体の信用状況が悪化し、ハイイールド債の信用格付が引下げられて、価格が下落する可能性は、満期までの時間が長いほど大きくなりますから、ショートターム・ハイイールド(short-term high yield)債、即ち、短満期のハイイールド債に特化した投資戦略は、合理的かつ保守的なものとなります。
 ショートターム・ハイイールド債に限らず、短満期の債券の価格は、市場要因によって変動するにしても、時間の経過とともに、償還価額に引き寄せられていきます。特に、ハイイールド債の場合は、信用リスク要因による価格変動が大きいわけですから、この償還価額への収斂は大きな魅力です。
 そこで、理屈上は、ハイクォリティかつショートタームなハイイールド債に投資する戦略があり得るわけですが、実際上は、投資対象が狭く限定されすぎるという問題のほか、ショートタームに限定するからこそ、シングルB以下のハイイールド債にも投資が可能になっている点を考えれば、必ずしも魅力的だとはいえないでしょう。
 
投資適格債については、どうのように投資すべきでしょうか。
 
 ハイクォリティ・ハイイールド債に魅力があることの説明を逆方向に展開すれば、理論的に、ダブルBの割安度は、トリプルBの割高度によって、創造されていると考えるほかなく、トリプルB、およびシングルAのうち実質的価値がトリプルBに近いと考えられるものは、魅力的ではないといえます。
 他方で、トリプルA、およびダブルAの社債は、自己資本規制のもとにある金融機関にとっては、規制上の扱いが有利であるために、国債と並ぶ代表的な投資対象になっています。しかし、理屈上、高格付の社債は、資本制約のある投資家に強く選好されているという事実から逆算すれば、年金基金や個人等の資本制約を受けない投資家にとっては、割高であると考えられます。
 
そもそも、社債の価格が信用格付によって形成されていること自体に、大きな問題があるのではないでしょうか。
 
 ハイイールド債は、投資適格という人工的な基準によって創造されたもので、不自然なものです。もしも、世界中の機関投資家が集って、境界をトリプルBからシングルAに変更する決定をしたら、トリプルBは大暴落して、大きな利回り格差は、シングルAとトリプルBとの間に生じるでしょうが、この決定は、トリプルBの社債の価格に決定的な影響を与えても、その価値には何らの影響も及ぼさないことは明らかです。
 また、もしも、信用格付という制度がなく、全ての投資家が独自の価値評価に基づいて社債投資を行うのであれば、社債の価格は、効率的なものとして、即ち、多数の投資家の価値判断の平均を体現するものとして、形成されることになります。このとき、スプレッドは、信用リスクが最小と評価されたものから、最大と評価されたものまで、途中に段差を生むことなく、単調に増加するように形成されるはずです。
 つまり、社債の価格は、市場原理によって、価値と一致する方向に形成されておらず、信用格付によって、また、信用格付の投資家による使用方法によって、形成されているのですから、社債市場には、常に、構造的に、非効率性、即ち、価値と価格の不一致が存在していることになるわけです。
 
金融機関にとっては、信用格付の利用は不可欠なのですね。
 
 多くの金融機関にとって、信用リスク管理は義務付けられているのに、独自のリスク評価を行うことは態勢的に不可能ですから、信用格付を利用せざるを得ず、その結果、割高な社債に投資することになるのは、一種の社会的費用です。しかし、社会全体からみれば、その分、金融機関ではない投資家が割安な社債に投資できるのですから、特に不都合ではないのです。
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(文責:岸野)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。