セゾン投信中野氏更迭は金融行政に無知蒙昧なクレディセゾンの暴挙だ

セゾン投信中野氏更迭は金融行政に無知蒙昧なクレディセゾンの暴挙だ

森本紀行
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クレディセゾンは、金融の末席を汚す身ながら、金融庁の監督下になく、金融行政に無知蒙昧だからこそ、公然と投資信託の販売強化を理由にして、セゾン投信中野氏更迭という暴挙にでるのです。
 
 金融庁が4月21日に公表した「資産運用業高度化プログレスレポート2023」では、「わが国の大手資産運用会社には、金融機関グループの系列会社が多く、同じグループ内の販売会社は販売手数料獲得型の営業を主流としており、状況によっては、販売会社の短期的利益が資産運用会社の長期的利益に優先されるおそれがある。資産運用会社はこうした懸念を払拭できるよう、利益相反を適切に管理し、顧客の最善の利益を図ることを、具体策を持って国民に示していく必要がある」と指摘されています。
 また、投資運用業者の経営者の人事については、「資産運用会社の経営トップの選任理由についての説明がないままでは、わが国の大手金融機関グループは、顧客の最善の利益や資産運用会社としての成長よりも、グループ内の人事上の処遇を重視しているのではないかと一般に受け止められるおそれがある」としたうえで、「資産運用会社各社には、利益相反懸念を払拭し、業務を継続的に高度化するためのサクセッションプランの策定と経営トップの選任理由の開示など、具体的な行動を期待している」と書かれています。
 
金融庁は、金融機関への期待の表明によって、施策を展開するのでしょうか。
 
 金融庁は、抜本的な行政手法の改革を経て、現在では、規制による強制を避ける傾向にあります。なぜなら、規制は、その性格上、ミニマムスタンダード、即ち、最低限の基準を示すものでしかなく、金融機能を高度化させ得ないからであり、むしろ、逆に、規制の弊害として、多くの金融機関を規制の定めている最低線上に安住させるからです。
 それに対して、金融庁の新しい行政手法は、金融機関の自主自律によって、ベストプラクティス、即ち、顧客の最善の利益の追求を促すことです。つまり、そこには、金融機関は、顧客の真の利益の視点において、互いに切磋琢磨し、健全に競争すべきであり、そうすれば、金融機能は常に高度化し続けていくという理想論があるのです。
 
理想論では、行政目的は実現しないのではないでしょうか。
 
 法令等の完璧な遵守のもとでも、顧客の真の利益に反したことはなされ得るどころか、法令遵守という事実によって、正当化されてしまいます。こうした構造的矛盾のもとでは、規制は真の規範たり得ません。ところが、顧客の最善の利益を追求するという理想論には、誰も公然と反対できませんし、誰も堂々と顧客の最善の利益を否定できないわけです。故に、理想論は、誰も反論できない正論だからこそ、規範としての強い力を発揮するのです。
 
しかし、上の引用で、金融庁は理想に反した事実の横行を指摘しているではありませんか。
 
 金融庁が指摘するように、投資運用業者の多くが金融グループの傘下にあるなかで、その経営者の交替は、顧客の真の利益の視点ではなく、親会社の人事の都合や投資信託の販売戦略によって、決められていると考えられています。しかし、この慣例は、投資運用業界では、好ましくない悪弊として認知されていて、誰も現状に肯定的ではありません。故に、金融庁は、業界に一定の自覚がある以上は、批判的な論調を控えているのです。
 この問題について、金融庁は、投資運用業者と、その親会社に対して、経営者の選任理由を開示するように、提言しています。規制によって、選任理由の開示を強制できるのですが、敢えて規制によらずに、提言にとどめて、金融機関の自律に委ねているわけです。しかも、極めて重要な点は、自律だからこそ、特異な強制力が働くことです。
 つまり、ベストプラクティス追求競争のなかで、一社でも、顧客の利益の視点で正当な人事を行い、その正当な選任理由、および選任理由を裏づける経営者の履歴を開示すれば、他社は、追随せざるを得ないのです。なぜなら、親会社都合の人事を行えば、選任理由を開示できるはずもなく、開示できない事実が正当性の欠落を暴露するからです。また、仮に、選任理由を適当に作文しても、それを裏付ける新経営者の履歴書を捏造できるはずもありません。
 
そこで、金融庁は、海外の好事例を紹介しているわけですか。
 
 このプログレスレポートは、金融庁の新しい行政手法を象徴するもので、ここでは、悪事例を批判する論調が避けられていて、逆に、好事例を積極的に紹介することで、それを見本とした切磋琢磨の競争を促そうとしています。投資運用業者の経営者の選任理由の開示については、残念ながら、国内に好事例がないらしく、海外の事例が紹介されています。
 
6月1日に、セゾン投信の中野代表取締役会長の解任が明らかになりましたが、金融行政からすれば、解任理由が開示されるべきですね。
 
 金融庁にとって、経営者の選任理由が重要なら、解任理由は更に重要であるはずです。しかも、中野氏は、金融庁が最重点施策として国民の安定的な資産形成を掲げるなかで、資産形成のベストプラクティスを長期にわたり真摯に追求し続け、業界に偉大なる範を垂れることで、その改革を主導してきた著名な先覚者なのですから、金融庁は解任理由に強い関心をもっているはずです。
 また、セゾン投信の顧客は、中野氏の事業戦略を高く評価し、中野氏に全幅の信頼をおくからこそ、顧客になっているのであって、当然に、中野氏の解任理由に非常に強い関心をもっているはずです。故に、金融行政からすれば、顧客の視点において、解任理由が開示されるべきなのです。
 
その解任理由が親会社の勝手な営業政策だったとは、言語道断の沙汰ですね。
 
 セゾン投信の親会社であるクレディセゾンの代表取締役会長CEOの林野氏は、中野氏解任について、日本経済新聞社の取材に応じていて、その記事が6月7日の同紙に掲載されています。それによれば、今後、クレジットカードの顧客基盤や金融機関との提携によって、セゾン投信の商品の販売を急拡大していくので、中野氏解任を決めたとのことです。
 林野氏は、金融行政のベストプラクティスの推進者は営業の邪魔だというのですから、その頭のなかで構想されている事業戦略は、顧客本位を掲げる金融行政に真っ向から反逆しており、どのように林野氏が強弁しようとも、明らかに顧客の利益を踏みにじるものです。これでは、セゾン投信から顧客が離反し、セゾン投信の企業価値が失われることは確実です。
 
林野氏は、金融行政に全く無知なのではないですか。
 
 金融庁の監督下にある金融界において、中野氏解任のような事案は絶対に起き得ません。これは絶対確実なこととして断言できます。この事案の本質は、クレディセゾンが金融庁監督下になく、林野氏以下、社内の誰も金融行政を理解していないことです。金融行政を理解したうえで、この暴挙にでるほどの厚顔無恥は、社会通念上、あり得ないのですから、これは無知のみがなせることなのです。
 
社外取締役に、金融の専門家らしき人がいるようですが。
 
 富樫直記氏と大槻奈那氏は、履歴を見る限り、金融の専門家のようですから、金融行政に通じていて、だからこそ社外取締役の任にあるのでしょう。さて、両氏は、本件について、どう考えているのか。金融界としては興味津々ですから、マスコミの方は取材に行くべきです。
 
クレディセゾンとスルガ銀行との業務資本提携にも影響があるのではないでしょうか。
 
 両社は、5月18日に、業務資本提携を発表していますが、さて、スルガ銀行の経営者、および金融庁は、これほど金融行政に無知蒙昧な会社との提携について、どう考えるのか。これも、マスコミの方にとっては、格好の材料でしょう。
 
クレディセゾンの株主は、どう考えるべきでしょうか。
 
 クレディセゾンの経営者は、セゾン投信の価値を破壊しようとしていますが、金融界では、セゾン投信の企業価値は極めて高く評価されていますから、クレディセゾンの株主の利益からすれば、セゾン投信は、即時に高い価格でベストオーナーに譲渡されるべきです。マスコミの方は、シティインデックスイレブンスのような大株主を取材したらいいでしょう。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
クレディセゾンはセゾン投信を破壊して顧客を裏切るのか (2023.6.7掲載)
セゾン投信を創業し、顧客本位を徹底的に重視している中野氏がクレディセゾンにより解任されることとなったことを受け、同社の事業戦略が方向転換し、規模の利益追求など顧客からの厚い信頼を裏切ることにならないか懸念されます。

資産形成の成功体験が次の成功体験につながるとき (2023.3.30掲載)
金融行政における産業界の持続的成長と国民の安定的な資産形成のうち、後者は税制優遇措置や金商法改正案といった形で進展しています。これら金融庁行政のベースにある思想の一つがフィデューシャリー・デューティーです。

投資運用業者がフィデューシャリー・デューティーを徹底すべき理由 (2022.11.10掲載)
個人投資家等の相対的な情報弱者は、投資信託を通じて、投資運用業者の専門性を利用するのが望ましく、そこに投資運用業者の社会的存在意義があります。投資運用業者には専門的能力に対する顧客からの信認が必要であり、ベストプラクティスを究める必要があると言えます。
(文責:岸野)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。