企業の資金調達手法の一つに、メザニン(mezzanine)の発行があります。メザニンは、建築の用語としては、中二階を意味していますが、金融の用語としては、資本を一階、負債を二階に見立てたうえで、資本と負債の中間にあるものという意味で使われます。つまり、メザニンの投資家は、株式の投資家よりも上位にあって優越し、負債における債権者よりも下位にあって劣後するわけです。
また、別の表現をすれば、メザニンは、資本と負債の中間的性格をもつものとして、両者の混合物、あるいは混成物ともいえます。混成物は英語ではハイブリッド(hybrid)ですから、メザニンは、ハイブリッド証券とも呼ばれます。
メザニンは、具体的に、どのような形態をとるのでしょうか。
メザニンは、メザニンによる資金調達を行う理由と背景に応じて、優先劣後関係が自由に設計され得るもので、その柔軟性に特色と利点があって、名称も様々であり得ます。例えば、資本、即ち、株式において、普通株式とは異なる種類株式として発行され、配当を受ける権利等に優先権が付与されていれば、優先株式と呼ばれ、負債において、債権者の立場からみた貸付債権の場合、一般のローンに劣後したローンは、劣後ローンと呼ばれ、普通社債に劣後した社債は、劣後社債と呼ばれます。
メザニンが必要になるのは、どのような状況でしょうか。
企業は、一時的な業況の悪化、減損処理、非公開化などにより、自己資本不足に陥ることがあります。その資本不足が一時的であると評価されるとき、増資を行うことは、希薄化を招くので、得策ではありません。それに対して、資本と負債のハイブリッドであるメザニンは、資本不足の期間中は、資本としての性格を発揮し、資本不足が解消した段階では、負債としての性格に転じて、償還され得ます。ここに、メザニンの重要な存在意義があるわけです。
優先といい、劣後といいますが、何が何に対して優先し、あるいは劣後するのでしょうか。
優先劣後関係は自由に設計できるので、メザニンに投資するときには、発行に際して作成される目論見書等を深く読み込み、いかなる意味において、いかなる場合に、誰に対して、自分の保有する権利内容が優先し、あるいは劣後するのか、また、外部環境が変化し、発行体の置かれた状況が変化するのに応じて、権利や義務に変動が生じるように設計されていないかなど、発行条件を正確に理解することが決定的に重要です。
劣後すれば、劣後していることの補償があるのでしょうか。
メザニンは、投資対象としての価値をもつためには、経済合理的に設計されていなければならない、即ち、何かにおいて優先すれば、その優先権を得る費用が発生していて、逆に、何かにおいて劣後すれば、その補償としての利益が発生していなければなりません。しかし、この経済合理性に関する判断は、必ずしも簡単ではないのです。
この点について、例えば、優先株式を普通株式と比較したとき、議決権を失うことの対価として、どのような内容の配当に関する優先権を得るのが合理的なのか、劣後ローンを普通のローンと比較したとき、どの程度の金利の上乗せがあれば、劣後性が顕在化したときの期待損失と均衡するのかなど、具体例を考えてみれば、わかると思います。
投資対象としてのメザニンの設計は難しいのですね。
メザニンは、発行体のおかれた資本不足の特異な状況に応じて、合理的に設計されなくてはならず、その設計には、投資運用業者の高度な専門的知見と経験が要求されます。特に、決定的に重要なのは、資本不足が解消していく道筋の想定と、その想定のもとでの投資回収の戦略です。
例えば、業況の自然な回復によって、銀行等から融資が受けられる状況になった段階で、借り換えによってメザニンの償還がなされるとか、資産売却による売却益によって資本不足が解消されると同時に、その売却代金によってメザニンの償還がなされるなど、様々に異なる想定がなされ得るということです。
優先劣後関係が現実的に意味をもつのは、いわゆる経営破綻のときでしょうか。
企業が常態で活動しているとき、優先株式には、配当に関して普通株式に優先していることの意味があるものの、劣後ローンには、普通のローンに劣後していることの意味はありません。実は、多くの場合、優先劣後関係が現実的な意味をもつのは、発行体企業が経営破綻し、何らかの法的手続きに移行したときなのです。
法的手続きとは、第一に、利害関係者間の法律上の優先劣後関係を確定させて、その確定した順位に応じて、利害関係者を優先的に取り扱い、第二に、同一順位にある利害関係者を平等に取り扱うことです。つまり、法的手続きでは、利害関係者の取り扱いにおける経営裁量は一切働かないのであって、逆にいえば、経営裁量を排し、利害関係者間の公正公平性を実現するために、法的手続きに移行させるわけです。
メザニンは、法的手続きに移行してしまえば、価値が大きく毀損するのですか。
法的手続きに移行すれば、普通株式は、大きく価値が毀損し、多くの場合、無価値になりますから、メザニンは、事実上、最下位の資本に転落し、負債としての価値を喪失することで、価値が大幅に低下します。つまり、メザニンは、普通株式に優先していても、法的手続きにおいては、その優先性に大きな意味はなく、単に、一般の負債に劣後している点だけが意味をもつのです。
メザニンは、普通株式に転換されると、価値が毀損されるのでしょうか。
メザニンは、発行体が常態で活動しているときでも、事前に定められた一定の条件が成就したときには、普通株式に転換されるように設計されていることがあります。この場合は、理論的には、メザニンと普通株式の等価交換ですから、価値が毀損されることはありませんが、実際上は、発行体が上場企業でない限り、回収が困難になる場合が多く、投資としては、失敗といわざるを得ない事態になります。
あるいは、別の表現をすれば、普通株式に転換されれば、発行体が上場企業であれば、普通の株式投資の戦略に、非公開企業であれば、プライベートエクイティの戦略になるだけのことですが、メザニン投資としては貫徹し得なくなるという意味では、失敗だということです。
メザニンの投資価値は、その負債的性格にあるわけですか。
メザニン投資に限らず、投資は、回収してこそ、投資になるわけで、メザニンは、その資本的性格においては、上場企業の普通株式への転換でない限り、回収は容易ではないのですから、負債的性格において、発行体が常態で活動しているなかで、償還によって回収されるのが基本なのです。つまり、メザニンは、この基本が実現するように設計されているところに、合理的な投資対象としての要諦があるわけです。
劣後しているからこそ、通常の負債よりも優先的に償還されるように、設計されるということですね。
発行体が常態で活動している限り、経営裁量によって、負債の弁済を決められます。先述の通り、この裁量を封じることが法的手続きの目的なのです。そこで、メザニンは、本質上、この経営裁量のもとで、優先的に弁済されるように設計されます。ただし、この点は自明ともいえるほどに簡単なことで、メザニンが発行体にとって不利な調達手法であれば、当然に、優先的に償還されるわけです。
実際、メザニンが設計されるときは、発行体は資本不足という苦境のもとにありますから、負債に資本性を帯びさせるために、追加的な費用の拠出を許容せざるを得ません。優先株式の優先配当や、劣後ローンの上乗せ金利は、その費用です。メザニンは、普通の負債よりも劣後しているのに、割高な資金調達手法なので、逆に、優先的に弁済されるのであって、ここにメザニン投資の本質があるのです。
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(文責:翁)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。