生命保険会社なのだから生命保険で勝負したらどうだ

生命保険会社なのだから生命保険で勝負したらどうだ

森本紀行
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生命保険会社は、投資商品に保険の衣を着せることで、資産運用の危険を回避し、特殊税制を巧妙に利用して営業し、手数料の構造を不透明にしているわけです。
 
 どのような生命保険契約であれ、責任準備金が蓄積されるものは、その運用による収益を見込むことで、保険料が算定され、このときに予定される運用収益率を予定利率と呼びます。この予定利率は、生命保険会社の立場からすれば、契約者に約束した利率であって、契約者の立場からすれば、保証された利率です。なぜなら、実際の運用収益率と関係なく、保険料も、保険金額や給付金額も変動しないからです。
 資産運用において、実際の運用収益率が予定利率を下回れば、生命保険会社は損失を被るので、予定利率は保守的に市中金利よりも低く設定されるべきですが、他方で、予定利率を低くすることには、保険料を上昇させるという難点があります。また、長期契約の場合、仮に市中金利よりも低く予定利率を設定しておいたとしても、金利変動により、市中金利が低下してしまえば、結果的に高い予定利率を負担することとなり、生命保険会社の経営を圧迫します。
 
そういうことなら、経営戦略として、責任準備金が小さくなるように、保険商品を設計すべきではないでしょうか。
 
 生命保険会社が顧客の最善の利益を実現するように経営されていて、生命保険が顧客の真の需要に適うように設計されているときに発生している責任準備金額は、理論的な最小値です。この最小値を維持しつつ、経営の安定性と保険料の妥当性との間に、適切な均衡が実現するように予定利率を定め、その予定利率を着実に達成できるように、資産運用態勢を整備することこそ、生命保険会社経営の基本です。
 
基本は忠実には守られないのですか。
 
 歴史的に、日本の生命保険は、養老保険から始まったとされます。養老保険とは、満期保険金と死亡保険金が一致している保険で、保険に貯蓄要素が付加されたものというよりは、予定利率の保証された貯蓄商品に薄い保険が付加されたものです。その後、養老保険は、死亡保険金額が満期保険金額の10倍、20倍、30倍というように増大されて、生命保険らしくなっていくのですが、貯蓄要素は残り続けます。
 貯蓄要素があるということは、その分だけ責任準備金が大きくなり、生命保険会社は、予定利率と実際の投資収益率の差について、より大きな資産運用上の危険を負担することになります。ここで問題なのは、仮に、伝統的な顧客の選好に対応するためには、最低限の貯蓄要素が必要だとしても、意図的に貯蓄要素を大きくして、資産運用の危険を積極的に負担することは、生命保険会社の経営の逸脱になることです。
 
実際に、その逸脱により、多くの生命保険会社が破綻したわけですね。
 
 いわゆる昭和のバブル期において、高い予定利率で、貯蓄性の保険、より実態に合わせた表現を用いれば、保険の薄い衣を着た貯蓄商品によって資金を集め、当時の活況を呈していた株式市場等で運用していた生命保険会社の多くは、当然のことながら、バブルの崩壊によって経営破綻しました。
 現在では、こうした経験を経て、また、国際的な保険会社の自己資本規制の強化に伴い、生命保険会社の経営のあり方は大きく変貌し、予定利率は保守的に設定されるようになり、それに合わせて資産運用方針も激変して、資産と債務との連動性が強く意識されるようになっています。
 
そこで、金融庁から、資産運用の高度化という課題が提示されるわけですか。
 
 金融行政の立場からすれば、予定利率は、保守的に設定されるべきだとしても、適正でなければならず、過度に低いときは、保険料が割高になって、顧客の利益に反することになります。また、生命保険の場合、長期の契約が多く、運用期間の長さを利用すれば、保守的な予定利率を上回る投資収益率を実現でき、その利差益を顧客に還元できるとも考えられるわけです。
 逆に、生命保険会社として、長期安定的な収益率を実現できるような資産運用態勢を構築し、期待収益率の予測可能性を高めれば、設定される予定利率の水準に関して、合理的妥当性を確保できるのであり、そもそも、生命保険会社経営の本質として、自己資本の充実は、一時的な投資損失に対する耐性を築くことで、資産運用方針の長期的な一貫性を確保するためにあるはずです。
 金融庁は、資産運用の高度化という施策において、現在では、個人向け投資信託の改革に重点を置いていて、更に企業年金基金の資産運用に対象を拡大しつつありますが、当初は、金融機関の自己勘定の資産運用に大きな関心を払っていて、生命保険会社の資産運用についても、上に述べたような問題意識から、改善余地を検討していたのだと考えられます。
 
なぜ、金融庁は関心を失ったのでしょうか。
 
 現在の生命保険業界では、約束された高い予定利率のもとで貯蓄商品を乱売するという昭和の逸脱は再現し得ないのですが、別の逸脱が横行していて、そちらへ金融庁の関心が移っているのだと思われます。
 つまり、生命保険業界は、保険商品の名のもとで、かつては、高い予定利率を付した貯蓄商品に、薄い保険の衣を着せて販売していたのに対し、現在では、予定利率を使わない投資商品に、薄い保険の衣を着せて販売していて、保険からの逸脱という意味では、昭和の時代から本質的に全く進化していないのです。
 
例えば、変額保険ですか。
 
 予定利率を用いずに保険料を算定し、保険金額が実際の投資収益率に応じて変動するようにして、資産運用の危険を契約者に転嫁するのが変額保険です。保険というからには、投資収益率に関係なく、最低保証額があるわけですが、変額保険の実態は投資信託なのであって、それを敢えて保険と呼ばせるために、薄い保険の衣を纏わせたものです。
 金融界では、貯蓄と保険を結合させた養老保険や、投資信託と保険を結合させた変額保険の例のように、一つの商品への異なる金融機能の結合をバンドリングbundling)と呼びますが、金融行政の立場からすれば、バンドリングについては、それが顧客の真の利益に適うものなのか、それとも、単に金融機関の営業上の都合にすぎないのかは、大きな関心事でなければなりません。
 特に、保険を投資信託等にバンドルすることについては、第一に、保険だけに認められた特殊な税制の適用を利用するために、保険ではないものを敢えて保険にしているとの疑念、第二に、手数料等の内訳の開示が難しい保険を纏わせることで、商品全体の手数料が不透明になるとの懸念があるわけです。
 
そして、外貨建て保険ですね。
 
 極端な低金利が長期継続するなかで、古典的な養老保険が完全に過去の遺物と化したときに、外貨建ての養老保険が登場しました。即ち、外貨建ての生命保険の実態とは、長期の外貨預金、もしくは、外貨建ての債券の投資信託に、薄い保険の衣を着せたものであって、その本質は、保険ではなく、外貨建てなので貯蓄商品ですらなく、実は、投資商品なのです。
 外貨建て保険において、生命保険会社は、外貨の長期金利に連動した予定利率を用い、それに連動する資産運用をすることで、昭和の時代の冒険を回避しています。このように、資産運用の危険を契約者に転嫁する点、特殊な税制を巧妙に利用している点、手数料の構造が不透明になっている点は、外貨建て保険と変額保険ともに共通です。
 
税制の利用については、制度の主旨からの逸脱ではないでしょうか。
 
 保険に関する優遇税制は、当然のことながら、そのときの政策的意義に基づいて設けられたのですが、社会環境が変動し、政策的意義も変化するなかで、税制を変更しなければ、本来の目的に反して、節税等に利用されざるを得ないわけです。保険税制については、国民の安定的資産形成という重要施策が展開され、NISAの優遇税制等が拡充されているのですから、抜本的な見直しが必要だと思われます。
 
過剰保険という問題もありますね。
 
 多くの人は、なんらかの生命保険契約に加入していて、更に、住宅ローンを契約することで、団体信用生命保険に入っていますから、それに加えて、保険の衣を着た投資商品を購入すれば、過剰保険の状態になると容易に想像されます。こうして、無用なバンドリンクは顧客の利益に反した事態を招くわけです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
不要な生命保険はどれくらいあるのか (2019.9.26掲載)
保険業では、本来の保険機能から逸脱した商品の提供や過剰保険の課題が問題視されています。保険業における真の顧客本位の業務運営や保険領域の非金融化に関して論じています。

保険の未来とバンドリングの高度化 (2015.2.5掲載)
高齢化社会の環境下、保険は死亡保障から生存保障へ移行します。多様化のニーズに応じるため保険商品が複数の金融機能を結合させざるを得ない(バンドリング)流れがありますが、従来のバンドリングは契約者にとって不要な機能まで含まれて契約料を支払わせ、また商品の複雑化に伴い各種弊害が生じます。保険業におけるバンドリングの高度化について論じています。

投資を難しくみせておいてから、説明と称して騙すこと(2016.10.6掲載)
投資信託は保険と同様に国民の生存保障として重要な金融機能を果たします。顧客が真のニーズに合わせて商品を選択できるような環境を構築するのに必要な要素、特に産業金融政策の視点から考察しています。
(文責:ティ)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。