「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」の最大の眼目は、第2条に、「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」が負う義務として、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」との規定が置かれたことで、より詳しくいえば、従来から「金融商品取引法」等に存在していた誠実公正義務に、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ」という文言が付加されたことです。
そして、同等に重要なのは、金融サービスの提供者に、全ての金融機関のみならず、貸金業者や企業年金などの極めて広範囲なものが含まれることになり、新しい法律の誠実公正義務は、一元的に、網羅的に列挙された全ての金融サービスの提供者に適用されるために、「金融商品取引法」等にあった古い誠実公正義務は全て廃されたことです。
法律とは別に、既に、「顧客本位の業務運営に関する原則」がありますね。
金融庁は、2014年事務年度の行政方針において、フィデューシャリー・デューティーの徹底を掲げ、2017年に、その具現化として「顧客本位の業務運営に関する原則」を策定しますが、金融機関の自律を尊重する新しい行政手法のもとで、金融機関が自主的に原則を採択して、自分自身に自己規律として課すこととしています。
また、フィデューシャリー・デューティーは、英米法の諸国においては、他人の利益のために資産運用に従事するものに課される高度な忠実義務として機能しているもので、その日本の環境への適用である顧客本位原則は、投資信託等の金融商品の販売について、顧客の真の利益の視点での抜本的な改革を求めるものと一般的には理解されています。
実際には、顧客本位原則の本質は、一般の理解とは異なるのでしょうか。
原則の目的は、「金融事業者が顧客本位の業務運営におけるベスト・プラクティスを目指す上で有用と考えられる原則を定めるもの」となっており、その対象については、「「金融事業者」という用語を特に定義していない。顧客本位の業務運営を目指す金融事業者において幅広く採択されることを期待する」とされています。
つまり、投資信託等の金融商品の販売の是正は、確かに、原則策定の契機だったとしても、現実に策定された原則の内容は、広く金融サービスの全般を含み、その対象となる「金融事業者」については、明確な範囲の限定すらなされておらず、全ての金融サービス提供者を含み得るものとなっているわけです。
では、新しい法律は、顧客本位原則の立法化なのでしょうか。
原則の「金融事業者」は、新しい法律の「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」と同じで、両者が対象とする金融サービスの範囲も同じだと考えられますから、新しい法律は、原則の立法化であり、より遡れば、日本版フィデューシャリー・デューティーの立法化であると断言できます。つまり、原則は、金融サービス提供者の自律に委ねられたものであったのに対し、立法化されることで、履行強制力が付与されたのです。
その点については、衆議院での審議過程で、前原誠司議員が鋭く切り込んでいますね。
昨年の6月7日の衆議院財務金融委員会において、前原議員は、原則の実効性について「道半ばという評価がされており」とし、「本法律案での法律による義務づけという踏み込んだ対応に至っているわけであります」と述べて、「道半ばでとどまっている原因はどこにあると考えているのか」と質問しています。
これに対して、鈴木俊一金融担当大臣は、原則について、「これは強制ではなくて、手挙げ方式で行ったものです。任意でこれをやっていただくという主体的な取組でございます」としたうえで、そこに問題のあったことを認めて、「これをやはり、法制上、義務としてこうした課題をしっかり直していく、こういう必要性があるのではないかという判断であります」と答弁しています。
前原議員は、更に、「法律による義務づけ、強制ではなく任意だったものを義務づけすることで顧客本位の業務運営になるということを、言い切っていただけますか」と攻めたのに対し、鈴木大臣は、「任意のものよりも一歩前進したものという思いでございまして、これが徹底できますように、金融庁としてもしっかりフォローアップをしていきたいと思います」と答えますが、既に、「法制上、義務としてこうした課題をしっかり直していく」と断言している以上、新しい法律が原則の立法化であることは明瞭なのです。
次いで、前原議員は、法律の核心部である「顧客等の最善の利益を勘案しつつ」に踏み込むわけですね。
前原議員は、最初に、「金融事業者や企業年金関係者が、その提供するサービスの範囲において、顧客にとって最もふさわしい商品、サービスの提供となるよう業務運営を行うことを求めていますが、このような業務運営の在り方は、金融事業者や企業年金関係者にとっては一律ではなく、まさに企業の業態やビジネスモデルによって異なる」と指摘しています。
そして、続けて、「各事業者のそれぞれの顧客等の最善の利益を、業態やビジネスモデルが違うのにどうやって把握するのか、そしてまた、何をもって顧客等の最善の利益の追求という義務を果たしていると判断するのか」と、極めて鋭く問題の核心を突いたのですが、これは今後の金融行政の課題そのものですから、鈴木大臣は、当然のことながら、正面からの回答を避けています。
前原議員は、業態やビジネスモデルの差にこだわるわけですね。
鈴木大臣は、「金融事業者それぞれにおいて、顧客の最善の利益を勘案した業務運営を行うためには、その提供する業務の内容でありますとか、顧客とのコミュニケーションに基づき把握した顧客の属性、意向等に対して、何が顧客のためになるのかを適切に検討する必要がある」と認めたうえで、「金融庁といたしましては、関係省庁とも連携をいたしまして、ベストプラクティスの共有、普及を図ることなどによりまして、顧客の最善の利益の考え方について、金融事業者等の間で認識を共有してまいりたいと思っております」と回答しています。
これに対して、前原議員は、「業態やビジネスモデルによって異なるのは当たり前であって、ベストプラクティスというものをしっかり把握をされる中で、最善の利益を勘案といったところが果たされるかどうかということを検証していく。こういう御答弁でよろしいんですね」と念を押したのでした。
次いで、前原議員は顧客の側の多様性へと展開するわけですね。
前原議員は、「こういった金融商品について余り詳しくなかった人が何か商品を買おうとする場合と、金融リテラシーが上がっていっていろいろな専門的な知識が出てきた場合と、言ってみれば、取り扱う金融商品というものは変わってくるのは当たり前ですよね」としたうえで、「そこのリテラシーが上がっていった人に対してどうやって会社が呼応していくのかというところは、どういう判断に基づいて顧客等の最善の利益を勘案するというところの判断基準になるんでしょうか」と質問しています。
これに対して、鈴木大臣は、「運用会社の方の立場」を例にして、「資産をどれぐらい持っているとか、あるいはリスクテイクをどれぐらい許容できるとか、その辺はばらばらでありまして、それは運用業者におきまして、十分相手を見ながら、勧めるべき商品等についてもよくよく顧客本位の立場に立ってしっかりと対応していく、そういうことが求められている」と答えています。
前原議員は、再度、食い下がっていますね。
前原議員は、「監督当局は、ですから、どのようにそれを継続的に判断していくのかといったことをお伺いしています」と迫るのですが、これも今後の金融行政の課題そのものですから、鈴木大臣は、直接に質問には答えずに、金融サービス利用者相談室の活用のほか、「金融事業者において、顧客の最善の利益が勘案され、顧客本位の業務運営に向けた取組の一層の定着、底上げが図られているか、しっかりこれはモニタリングを常にしていきたいと思っております」と述べたのでした。
・前原誠司議員が鋭く突いた「顧客等の最善の利益」の意味(2023.12.21掲載)
金商法等の改正法のうち、「顧客本位の業務運営の確保」について衆議院の財務金融委員会の質疑を紹介しつつ、同改正法の要点を解説しています。
・ある法律の数奇な運命を支配した金融改革への執念(2023.9.14掲載)
立法化によりフィデューシャリー・デューティーは民事法の形をとり、顧客等による訴訟が可能となるため、より一層強制力を持つことになります。
・経済の顧客満足による成長と顧客本位による持続可能性(2022.12.15掲載)
合理的報酬とその開示はフィデューシャリー・デューティーの重要な要素とされています。改善はみられるものの、依然として手数料設定などで顧客本位とは言えない状態がみられるとされています。
(文責:岸野)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。