6月7日に「事業性融資の推進等に関する法律」(事業性融資推進法)が成立しました。この事業性とは、企業が現金を創造する基盤のことで、動産、不動産、知的財産等の無形資産、人的資本などの不可分な結合体を意味しますが、法律の要諦は、この結合体を企業価値と定義し、新たに企業価値担保権を創出した点にあります。
法律が規定する仕組みでは、債務者は、設定者として、企業価値を特別の信託会社に信託し、債権者が受益者になり、企業価値担保権が行使されるときには、信託会社は、事業を第三者に譲渡し、その譲渡代金から債権者に弁済し、債権額を上回る残余があれば、債務者に還付することになっています。
融資は、担保の有無にかかわらず、本質的に事業性評価に基づくのではありませんか。
融資は、企業が創出する現金を元利金の弁済原資にしている以上、本質的に事業性評価に基づくはずですが、実際には、担保や保証によって補完されています。そして、担保や保証が補完の域を超えて、事業性評価に優越して、融資判断の決め手になっている現実のもとで、深刻な弊害を生じていることから、法律は改めて事業性融資を再定義したのです。
弊害の第一は、金融機関は、事業性に優れた企業でも、担保に供し得る不動産等の資産が十分になければ、融資しようとしないことであり、第二は、債権が担保や保証で保全されているとき、債務者の業況の変動に十分な注意を払おうとしなくなり、業況の悪化した債務者の企業に対して、適時適切な支援を行い得なくなることです。
そこで、法律は、金融機関に対して、企業価値を新たな担保に構成することで、不動産等の伝統的担保資産を保有しない企業に積極的に融資するように促し、かつ、融資先の業況の変化を担保価値に直接的に連動させることで、常に融資先に細心の注意を払い、適切なときに適切な支援を行うように動機付けようとしているわけです。
事業性としての企業価値に、担保価値はあるのでしょうか。
企業価値担保は、債務者の業況が悪化し、債務不履行等の事象が生起しているときに、即ち、企業価値が崩壊寸前になり、担保価値が失われるときに、行使可能になるのですから、行使時に行使価値がないという構造矛盾を内包しています。しかし、当然のことながら、法律は、この矛盾を自覚していて、矛盾があるからこそ、矛盾を回避する方向に、債権者と債務者が協働することに、その目的を定めているわけです。
そして、債権者と債務者の適切な協働として想定されているのは、債務が普通に弁済されるという当然の事態以外に、第一に、担保権の行使としてではなく、債権額を大きく超える価額で、任意に事業譲渡されて、債務が弁済され、債務者にも十分な剰余の残ること、第二に、担保権が行使されたとしても、少なくとも債権額で事業譲渡がなされて、債権が回収されることです。
法律は、どのような状況において、企業価値担保が利用されると想定しているのでしょうか。
この法律は、民法の特例法として、新たな担保の基本的構造を規定するものであって、金融行政の個別具体的な課題解決を目的にしたものではないので、その使い方は、債権者と債務者との間に共通利益が創造されるように、当事者双方が工夫して決めることになります。ただし、担保権の構造からして、先に何らかの形態による事業譲渡が予定されるなかで、融資実行される場合が基本になると考えられます。
事業譲渡を予定した融資とは、どのような場合になされるのでしょうか。
企業価値担保権は、法案の検討過程では事業成長担保権と呼ばれていたのであって、成長資本の供給を融資によって行う場合に利用されることは、当初より想定されていたと考えられます。成長資本とは、起業の初期段階を終えた企業において、次の成長戦略を実現するために調達される資金のことですが、ここでは、二つのことが重要な論点となります。
第一は、起業段階においては、事業の将来に関する不確実性が著しく大きいために、資本を充実させる必要があって、株式の発行によって資金調達されますが、起業成功後の次の成長段階においては、事業の不確実性は大きく低下し、多くの場合、事業は黒字化しているので、融資を受けるなど、負債によっても資金調達され得ること、および、起業家にも、負債を使うことで、株式の希薄化を避ける誘因が働くことです。
第二は、真に優れた起業家は、事業のステークホルダー、即ち、顧客、取引業者、従業員などの利害関係者の視点において経営判断をするので、起業から成長への一定の段階を終えれば、自分の経営能力を客観的に冷静に評価して、次の成長戦略が自分の力量を超えた異次元にあると考えるときは、それを担い得る最適な企業に事業譲渡するはずだということです。
事業再編にも、利用され得ますか。
ある企業の事業が不振に陥っていても、それを他の企業に譲渡して移植すれば、規模の経済による効率化や、移植先企業の製造技術や顧客基盤を活用することで、再生することは珍しくありません。このとき、状況によっては、事業譲渡に先立って、売り手企業が資金調達し、それを使って事業構造改革を断行することは、売り手と買い手の双方の企業にとって、便利な選択肢となり得ます。まさに、こうした状況こそ、事業性融資の最適な活躍場所なのです。
そして、ここには、非常に重要な論点が浮上しています。その第一は、極端な場合、売り手企業が債務超過に陥っているとしても、金融機関は新規に融資できることであって、この論点こそ、事業性、あるいは企業価値の本質に関することです。つまり、債務超過は、過去の経緯の結果にすぎず、将来における現金創造能力である事業性には、関係しないわけです。
第二は、内定している買い手企業があるのならば、その内定の法律的性格に応じて、事業性融資には、明示的、もしくは潜在的に、買い手企業による事実上の保証が付されることです。こうした買い手企業による事実上の保証という構図は、先に論じた成長資本としての事業性融資にも共通していて、事業譲渡を前提とした事業性融資の本質を形成するものです。
保証と事実上の保証とは、本質的に異なるわけですか。
事業性融資は、保証に依存する現状の融資慣行に対して、改革を志向したものですから、そこに内包される事実上の保証は、普通の保証とは本質的に異なります。決定的な論点は、事業性融資における事実上の保証は、債権者、債務者、予定買収者の三者間の共通利益が創造されるように構造化されていることです。
つまり、事業譲渡が内定していても、その内容は、予定買収者の特定の度合いや、買収に関する価格等の諸条件の具体性などにおいて、様々に異なり得て、かつ、常に流動的に変化するのですから、債権者、債務者、予定買収者は、共通利益の創造へ向けて、緊密に協働せざるを得ないのであって、この構造化された協働にこそ、事業性融資の本質があるのです。これに対して、普通の保証においては、債権者、債務者、保証者の協働は起きません。
ならば、事業性融資は、プロジェクトファイナンスに最適ではないでしょうか。
プロジェクトファイナンスとは、プロジェクト、即ち、不動産開発や資源開発などの案件において、事業者である企業とは別に、開発主体を設定し、そこで資金調達することですが、プロジェクト完成後には、開発物件が事業者に譲渡されて、融資が弁済されるのですから、事業者による事実上の保証がある点で、事業性融資の原型になっています。
しかし、本来のプロジェクトファイナンスでは、事業者と債権者は、共通利益のために協働し、プロジェクト進行に規律が働くように監視するはずですが、現実には、債権者が事実上の事業者保証に安住してしまい、規律が十分に機能していないと考えられます。故に、プロジェクト進行管理に強い規律が働くように、事業性融資を上手に活用することは、プロジェクトファイナンスの本質的な改良として、真剣に検討されるべきなのです。
・行使されると債務者の利益になり産業再編が促される不思議な担保(2024.5.9掲載)
企業価値担保を付した融資において、双方の共通利益を勘案したときの妥当な金利水準など、企業価値担保を実現するための課題について論じています。
・銀行が融資先の企業価値を高める努力をする担保法制の創造(2024.4.11掲載)
「事業性融資の推進等に関する法律」を積極的に活用することで、債務者は事業価値向上を図り、債権者は適切な支援をすることで企業価値が向上し、共通利益が生じていくような状況を創造することの必要性をより子細に論じています。
・オブジェクトへの金融(2014.7.17掲載)
本コラムの最後に述べられたプロジェクトファイナンスの、オブジェクトファイナンスでの位置付けと、金融が本来の社会的機能に忠実であろうとすれば、コーポレートファイナンスからオブジェクトファイナンスへの転換は必然であることについて論じています。
(文責:坂口)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。