プロフェッショナルの寿司屋では、決してサーモンを使いませんが、外食産業の回転寿司は、革新的創造により、サーモンを超人気の商品に仕上げたのです。
プロフェッショナルとは、高度な専門的知見に基づいて職務を行う人で、その代表は弁護士です。プロフェッショナルは、個人として事業を行うのですが、本業に関連して様々な事務が発生するので、それを統合して合理化するために、集団で事務所を共有することがあります。実際、弁護士の多くは弁護士事務所に所属しています。
こうしたプロフェッショナルの事務所は、会社、英語でいえばカンパニー(company)とは区別されて、プロフェッショナル・ファーム(professional firm)と呼ばれます。これが通常の会社と根本的に異なる点は、各プロフェッショナルが独立した自営業者であることです。現に、弁護士事務所に仕事を依頼するとしても、実際には、そこの特定の弁護士に依頼し、報酬も、事務所にではなく、担当弁護士に支払うわけです。
プロフェッショナル・ファームの役割は、プロフェッショナルに対する業務支援ですか。
プロフェッショナルは、個人の自営業者として職務を行い、プロフェッショナル・ファームには、職務遂行に付随する事務処理等を委託しているのですから、プロフェッショナル・ファームの実質的機能は、プロフェッショナルに対する支援業務を行うサポート・スタッフ(support staff)にあります。スタッフは、集合名詞として、職務に従事する人の集団を意味しますから、プロフェッショナル・ファームは、プロフェッショナル・スタッフと、その支援業務を行うサポート・スタッフとの二階層で構成されているわけです。
サポート・スタッフの機能と構造は、プロフェッショナルの種類に応じて、異なるのでしょうか。
医師はプロフェッショナルであり、個人で開業している医師は少なくありませんが、特定の専門領域における高度な知見をもつ医師は、多くの場合、大きな総合病院に勤務しています。こうした勤務医は、いわば、病院組織というプロフェッショナル・ファームに所属しているのであって、実際、病院は、サポート・スタッフとしての大勢の看護師、技師、事務職員などを擁し、医師の活動を支援しているわけです。
しかし、総合病院の場合は、高価な医療機器や病床等を備えた大型の施設である点で、プロフェッショナル・スタッフを中心としている弁護士事務所とは根本的に異なります。総合病院は、理念的には、弁護士が集合して事務所を形成するように、プロフェッショナルである医師が集合して形成するものだとしても、実質的には、設備とサポート・スタッフの大きな組織が中心となって、医師を雇用することで、成立しているわけです。
看護師などはプロフェッショナルではないのでしょうか。
プロフェッショナルは、一人で業務を完結できる人のことであって、総合病院に勤務している医師は、いつでも独立して、開業医になることができます。それに対して、看護師は、高度に専門的な技能を有するにしても、単独では医療行為を行えず、あくまでも医師の補助者にとどまります。プロフェッショナルとは、一人で独立して業務を行えて、故に、自営業者であり得る人のことであって、看護師のような従属的な専門職の人とは、明確に区別されるのです。
プロフェッショナル・ファームは、企業であり得るでしょうか。
プロフェッショナルには、高度な専門的知見に基づいて職務を行う人のほかに、芸人のように、熟練によって形成される洗練された身体的技能によって職務を行う人の類型が含まれます。芸人は、自分の芸で身を立てている独立したプロフェッショナルですが、独自に営業活動を行える芸人は稀で、基本的には、会社組織である芸能事務所に所属して、そこから仕事の機会を得ています。
芸能事務所は、芸人が集合して組織されたものではなく、逆に、芸人の派遣を事業目的として、芸能事務所が先に設立されて、芸人を雇い、更には芸人を育成しているのですから、普通の企業なのです。しかし、芸人は、自分の完結した芸のみによって所得を得ている立派なプロフェッショナルですし、芸能事務所は、芸人に仕事の機会を与えて、芸人の芸能活動を支援していて、サポート・スタッフの機能を演じていますから、本質的には、プロフェッショナル・ファームです。
プロフェッショナルの料理人にも、企業に雇われている人がいますね。
プロフェッショナルの料理人は、自分の店をもって、自営業者として活動しています。外食産業の企業に雇われて料理をしている人がいますが、こうした人は、大きな組織の一員としてのみ、職務を行うだけなので、プロフェッショナルではなくて、看護師のように、専門職に従事するものです。しかし、同じように企業に雇われている料理人でも、ホテルや高級旅館で働いている人は、自分の店をもてるだけの高度な技術をもったプロフェッショナルです。
ここで、プロフェッショナルを専門職の人から区別するものは、職務遂行における完全な独立性と自律性です。外食産業に務める調理人は、企業組織のなかで、その指揮命令系統に従って、職務を遂行しているので、いかに料理の腕がよくとも、プロフェッショナルではありません。しかし、企業組織のなかで働いていても、高級ホテルの料理人のように、完全な自由裁量を認められている人はプロフェッショナルなのです。
自営業者だからといって、プロフェッショナルとは限らないわけですか。
いわゆるフリーランス、即ち、法律の用語でいう特定受託事業者は、自営業者ですが、業務の委託者に対して従属的な地位にあって、いわば下請けとして活動しているので、プロフェッショナルではなく、専門職の自営業者です。特定受託事業者は、プロフェッショナルとしての自律性をもたず、弱い立場のもとで働かざるを得ないからこそ、法律によって特別の保護が与えられているわけです。
これに対して、プロフェッショナルは、高度な技能をもち、欠くことのできない社会の必需に応えているからこそ、独立して自律的に活動できるのであって、逆にいえば、社会が自律的な行動を許容せざるを得ないほどに、高度な技能を身につけた人だけがプロフェッショナルと呼ばれるのです。高級ホテルが料理人に完全な自律を認めるのは、レストランがホテルの格式を示す看板であり、その味は料理人の自由裁量に依存しているからです。
企業のなかの専門職の人は、プロフェッショナルになり得ないのでしょうか。
そもそも、企業は、プロフェッショナルの仕事が量的に拡大され得ず、かつ絶対的な質の高さを目指すなかで、それを組織的に複製して、量的拡大を可能にし、効率化によって、質との関係において、価格を相対的に割安にして、新たな需要を創造する仕組みです。故に、企業に働く専門職の人は、企業のなかでは決してプロフェッショナルになれません。
しかし、企業のなかの専門職の仕事は、プロフェッショナルの仕事と質的に異なるのであって、その価値が劣後するわけではなく、固有の価値を創造し得るのです。例えば、プロフェッショナルの寿司屋では、決してサーモンを使いませんが、外食産業の回転寿司では、サーモンは必須の商品です。サーモンを握ることは、回転寿司の調理人にしかできない革新的創造だったのです。
プロフェッショナルを主役にした企業はあり得るでしょうか。
理論的には、多数の店舗をもつ大きな外食産業の企業においても、全ての店が店長であるプロフェッショナルの料理人の完全な自由裁量で運営され得るはずですが、現実的には、企業とプロフェッショナルの双方にとって、どこに利益があるのか不明になります。なぜなら、予約や精算等の間接業務だけを統合するのなら、企業化するまでもなく、既存のインターネット上の機能を利用すればいいだけだからです。
しかし、逆にいえば、企業とプロフェッショナルとの共通利益を創造できるのならば、プロフェッショナルを主役にした企業はあり得るはずです。つまり、プロフェッショナルの自律性を損なわない範囲内で、プロフェッショナルの活動の利便性を増すように、最大限の業務の統合は可能だと考えられるわけです。
・企業に働く似非プロフェッショナルを本物にするために(2025.4.10掲載)
当コラムではプロフェッショナルとは何か、その性質をラーメン屋や料理人を例に解説しています。今回紹介するコラムの前提となるコラムですので併せてご覧下さい。
・企業が人を採用するという倒錯した発想(2020.7.9掲載)
企業としてはプロフェッショナルを引き付ける必要があり、その一つにベネフィット戦略があります。当コラムは組織と働く人の関係性について論じています。
・投資信託を売る君よ、文句があるなら独立しろ(2019.6.27掲載)
フィデューシャリー・デューティー、企業とプロフェッショナルの関係、ベネフィット戦略等はそれぞれ関連していることが当コラムから読み取れます。
(文責:岸野)
次回更新は、4月24日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。