企業に働く似非プロフェッショナルを本物にするために

企業に働く似非プロフェッショナルを本物にするために

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

企業が真のプロフェッショナルを雇い得ないのは、企業は量的成長を求め、プロフェッショナルは質的深化を志向するからです。では、どうすれば、この矛盾を解き得るのか。
 
 ラーメン屋の前に行列ができるのは、美味しさが大きな需要を創造するなかで、供給能力に不足があるからです。ならば、商業の常識として、ラーメン屋の店主は、需要に応えられるように供給能力を拡大するか、価格を引き上げて需要を減少させるか、どちらかの方法で、行列の解消を図るべきですが、実際には、そうしないところに、ラーメン屋の商売の秘訣があるのだと思われます。
 第一に、行列ができるのは、需要が特定時間帯に集中するからであって、そこに合わせて供給能力を拡大させると、店舗の平均的稼働率が悪化すると考えられます。第二に、低価格帯で厳しい競争を展開している業界なので、僅かの値上げが需要の急減を招く危険があると想像されます。第三に、需要超過の状態を維持すれば、規模は拡大しなくとも、最も高い利益率を維持できます。そして、第四に、そもそも、ラーメンの味は店主個人の技術に依存するので、同じ品質を保持しながら、供給量を増やすことはできないのです。
 
料理人のプロフェッショナルとしての本質ですか。
 
 プロフェッショナルとは、弁護士のように、知的な専門領域における高度な知見に基づいて職務を行う人、もしくは、料理人のように、熟練によって形成される洗練された身体的技能によって職務を行う人です。プロフェッショナルは、多少の補助者を用いるにしても、基本的には個人の技能で職務を行うので、量的には、役務の供給量を増やせません。しかし、努力して技能を磨けば、無限に付加価値を高めることができ、それに応じて所得も増加するので、プロフェッショナルにとって、量的拡大に意味はないのです。
 ラーメン屋は、プロフェッショナルとして、個人で営業しているので、技能を高めて味をよくし、店の前に行列を作っても、量的には売上を拡大できませんし、ラーメンという庶民に愛される料理の性格上、付加価値に応じて価格を高めることに限界があるので、多少の需要過剰のもとで、行列が解消しない状態を維持して、売上高と総費用との関連において、利益率を高く保っているのだと考えられます。
 
ラーメン屋は、個人事業を企業化することで、量的拡大を志向できるのではないでしょうか。
 
 ラーメン店を展開する企業に限らず、株式市場には、数多くの外食産業の企業が上場しています。こうした企業が提供している料理は、プロフェッショナルの料理人の仕事ではなく、それを複製したものであって、複製することで量産化するところに、企業化の意義があるのです。ただし、量産といっても、外食産業の場合、料理工程の機械化による量産ではなく、手作業の標準化による量産であるところに特色があるわけです。
 プロフェッショナルの料理人の手作業を標準化するとは、連続した熟練の技を単位作業に分解し、各作業を数値的に再構成して手順化し、それぞれに専任の担当者を配置し、それらの人を組織として統合することです。つまり、外食産業においては、緻密な組織設計のもとで、多くの人の分業の集積として、プロフェッショナルの仕事を再現させることによって、料理の質を保持しながら、量的拡大を実現しているわけです。
 そして、量的拡大は、食材の一括仕入れなどにより、規模の経済を働かせて、費用の合理化を実現し、費用の合理化は、同一品質のもとにおける低価格化を実現し、消費者に対して、品質と価格との関係における相対的な割安感を与えて、新たな需要を創造し、更なる量的拡大を実現します。外食産業の本質は、この好循環を実現することにあるのです。
 
外食産業の企業は、その好循環を実現させるために、上場しているわけですか。
 
 事業の成長のためには、規模の経済によって費用を合理化しなければならず、そのためには店舗などの様々な領域において設備投資を行う必要が生じて、資金調達が重要な経営課題になるので、外食産業には、多くの上場企業があるわけです。そして、成長のために上場企業になれば、逆に、上場企業であるが故に、更に成長する責務を負うわけです。
 
プロフェッショナルの料理人の場合は、事業の規模的成長があり得ないので、大きな資金も必要ではないわけですね。
 
 ラーメン屋の世界では、過酷な生存競争が繰り広げられていて、多くの店が淘汰され続けていますが、いくら淘汰されても、それを直ちに埋めて新店が開業されていきます。この素晴らしい起業家精神の横溢により、ラーメンの味がよくなり、価格の妥当性が維持されることで、ラーメン屋は、総体としては、成長しているわけです。そして、新規参入が絶えないのは、大きな店舗や設備を必要とせず、開業資金が小さくて済むからでもあります。
 この参入障壁の低さは、競争を激烈なものとし、美味しいラーメン屋しか生き残り得ず、生き残ったラーメン屋は、供給を拡大させないので、そこに行列ができるわけです。つまり、外食産業の企業の場合は、質と価格との関係における割安さが新たな需要を創造するのに対して、個人のラーメン屋の場合は、価格に見合った絶対的な質の高さによって、需要を確保しても、そこから先に新たな需要は創造され得ないのです。
 
絶対的な質の高さといえば、ラーメン屋よりも、高級料理店ですね。
 
 外食産業の企業には、真のプロフェッショナルの料理人は存在し得ません。なぜなら、そもそも、プロフェッショナルを目指す人は、先輩のプロフェッショナルのもとで修業をするのであって、企業に勤めるはずがなく、また、企業は量的成長を志向し、プロフェッショナルは量的成長を放棄して、質的深化にこだわるので、そこに解消し得ない矛盾があるからです。
 高級料理店の場合は、一方では、店舗も高級なので、開業資金が大きくなり、食材の仕入れや従業員の雇用について必要となる運転資金も大きくなり、他方では、外食産業の企業における質と価格との間の相対的な価値ではなくて、最高品質という絶対的な価値でなければ勝負できませんから、プロフェッショナルの料理人の個人経営が必須の要件になります。そこで、プロフェッショナル個人による資金調達という難しい問題が生じるわけです。
 
資金面での支援者が必要だということですか。
 
 真のプロフェッショナルによる高級料理店の場合は、価格によって需要が変動せず、原価の上昇を価格に転嫁できるので、高い利益率を維持できると考えられます。むしろ、逆に、価格によって需要が変動しない料理店について、高級といわれるのであって、老舗の高級店が長続きするのは、利益率が高いからです。故に、プロフェッショナルを金融的に支援するものは必ず存在し、金融的な支援を受ければ、プロフェッショナルは雇われる人になるわけです。
 
例えば、高級ホテルのレストランですか。
 
 高級ホテルに高級レストランは欠かせませんが、レストラン事業は、それ自体として、意図的に成長させるものではなく、ホテル事業の成長に応じて、自然に成長するものですから、真のプロフェッショナルを雇い得るわけですし、プロフェッショナルの立場からも、経営の自由裁量と、成果に応じた報酬が認められれば、働く環境として、魅力的であるはずです。これに対して、外食産業の企業の場合は、それ自体として成長しなければならず、故に、プロフェッショナルを雇えないのです。
 
外食産業の企業に限らず、どの企業においても、真のプロフェッショナルを雇い得るわけですか。
 
 企業においてプロフェッショナルと呼ばれている人は、社内の分業体制によって生じた専門領域に従事する人であって、社会一般に通用する高度な技能を備えた人ではなく、独立自営業者として生計を立てているわけでもなくて、要は、単に名称だけのことにすぎず、真のプロフェッショナルの要件を全く備えていません。また、企業にとって、真のプロフェッショナルを雇う必要もないわけです。
 しかし、企業変革においては、常に、組織に組み込まれて、自律的に行動できない専門職の扱いが問題になるわけで、ならば、どの企業においても、真のプロフェッショナルを雇い得るような事業構造への転換について、一考する余地はあるでしょう。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資のプロフェッショナルとは何か(2015.7.2掲載)
投資のプロフェッショナルが育つ環境を作るには、資産運用の能力のみで企業が成り立つ必要があり、そのためには経営者のフィデューシャリー・デューティーの徹底が必要と述べています。

投資のプロフェッショナルは組織と戦うものだ(2022.10.20掲載)
日本の投資運用業のリスク管理における組織統制とプロフェッショナルの意思決定プロセスの逆転について問題提起しています。

プロフェッショナルは企業の席を借りるだけなのだから(2025.4.3掲載)
弁護士や大病院における医師を例に、プロフェッショナルの定義や、組織とプロフェッショナルとの関係性の本質を解説しています。
(文責:林)

次回更新は、4月17日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。