プロフェッショナルのパートナーシップを復興するために

プロフェッショナルのパートナーシップを復興するために

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

プロ野球の選手は、各自が自律的に活動するなかで、同僚の選手と自然に協働していて、その協働が勝利につながることで、球団の興行収入は増えるわけです。
 
 プロフェッショナル(professional)とは、弁護士や料理人のように、高度な専門的知見や熟練による高度な技術に基づいて職務を行う個人のことです。プロフェッショナルは、原理的には、単独の自営業者として業務を行うのですが、事務の合理化のために、集団で寄り集って、パートナーシップ(partnership)と呼ばれる組織を形成することがあります。現在では、パートナーシップは、弁護士事務所等に痕跡を残すだけですが、かつては、多くの事業領域において、プロフェッショナルのパートナーシップが存在したのです。
 例えば、英国では、上場株式の取引について、投資家の売買注文を取引所に取り次いでいたのは、ストックブローカー(stockbroker)と呼ばれるプロフェッショナルで、今でいう証券会社は、ストックブローカーのパートナーシップでした。しかし、こうしたパートナーシップは、鉄の女と称されたサッチャー首相が断行した金融制度改革のなかで、全て消滅してしまったのです。
 
なぜパートナーシップは消滅したのでしょうか。
 
 飲食業においては、プロフェッショナルの料理人の領域は大きく縮小して、外食産業の企業が支配的になっているように、プロフェッショナルの業務だったものの多くは、現在では、企業化されています。企業化が進行するのは、第一に、プロフェッショナルの業務は、人的制約のもとで量的に拡大できないからです。企業化によって量的拡大を実現すれば、規模の経済によって低価格化が可能となり、それが需要拡大につながって、更なる量的拡大が実現します。この好循環によって、企業化が加速し、プロフェッショナルを淘汰したわけです。
 そして、第二に、プロフェッショナル個人では、危険を負担できないために、業務範囲が限られるのに対して、株式会社にして資本を充実させれば、企業として危険を負担でき、事業の成長に賭けていくことができるばかりか、そこで働く人は、免責が確保されて、より自由に、より大胆に活動できるわけです。
 例えば、英国のプロフェッショナルのストックブローカーは、自己資本をもたず、投資家と取引所との間で売買注文を媒介することはできても、自己勘定による取引ができないなど、業務範囲が限られていたところへ、金融の新たな担い手として資本市場を育成しようとする政策が登場したために、存続不能となり、自らを解体して、銀行等の傘下の証券会社に生まれ変わったのです。
 
プロフェッショナルは、パートナーシップを解体したとき、プロフェッショナルでなくなったのでしょうか。
 
 プロフェッショナルは自営業者であって、パートナーシップを形成していても、各プロフェッショナルは、相互に対等で、独立したものとして、自律的に行動していました。このことは、現在でも、弁護士事務所においては、各弁護士が自営業者であるのと同様です。つまり、独立したプロフェッショナルの集合がパートナーシップなのですから、それが解体されて、企業に改組されたとき、プロフェッショナルは、自律性を失い、組織の統制に服する人となって、プロフェッショナルではなくなったのです。
 自営業者でなくなったとしても、高度な専門的知見や技能は失われませんから、プロフェッショナルは、企業のなかで、組織統制のもとで職務を行う専門家になったわけです。しかし、そもそも、企業とは、事業の量的拡大のために、プロフェッショナルの仕事を組織の仕事として複製するものですから、プロフェッショナルが単独で業務を完結できるのに対して、企業内の専門家は、組織として業務を完結するので、狭い分業の範囲での専門家にすぎなくなるのです。
 
プロフェッショナルは、企業組織のなかで働くことができないのでしょうか。
 
 プロフェッショナルの自主自律と企業の組織規律との間には、本質的な差異がありますから、例えば、飲食業において、一方に、個人営業のプロフェッショナルの料理人の店があり、他方に、外食産業の企業経営の店があるように、両者は、全く異なるものとして、別の領域を形成して、分立しているわけです。
 一つの企業のなかにおいて、一方に、プロフェッショナルとしての自己規律のもとで活動する人の集団があり、他方に、組織規律のもとで働く人の集団があることは可能だとしても、両者が共存できるためには、特殊な条件が充足される必要があります。例えば、高級ホテルを運営する企業において、ホテル事業が組織によって運営されていても、レストランがプロフェッショナルの料理人の自治に任され得るのは、料理人は、補助者を使いつつ、一人で職務を完結できるからです。これは、企業のなかに、社内弁護士が存在し得るのと同じ原理です。
 
では、企業のなかに、プロフェッショナルのパートナーシップを形成できるでしょうか。
 
 プロフェッショナルがパートナーシップを形成するのには、事務の合理化に加えて、同じ専門領域にいても、得意とする分野が異なるので、各自の強みを相互補完する目的があるのであって、プロフェッショナルの料理人の場合には、そうした効果が働かないので、パートナーシップがないのです。
 ここで重要なのは、第一に、プロフェッショナルは、各自が自分の強みを活かして自律的に行動するなかで、自然に協働すること、第二に、協働の目的は、事業の量的拡大ではなく、顧客に提供する価値の質的高度化であることです。これに対して、企業のなかの専門家は組織規律に従って分業していて、分業の目的は、事業の量的拡大、および効率化による利益率の改善にあるわけです。
 理屈上は、二階層からなる企業組織を構築し、下部構造においては、プロフェッショナルに対する支援部門が組織規律によって行動し、上部構造において、プロフェッショナルがパートナーシップ的な自己規律のもとの協働を行うことは可能ですが、事業の成長と利益率の改善を目的とする限り、そうした企業化に実益はありません。なぜなら、パートナーシップ的規律のもとでは、規模の経済による効率化は決して起き得ないからです。
 
質的高度化によっては、企業は成長し得ないのでしょうか。
 
 プロフェッショナルの料理人においては、料理の質の高度化によって、利益率の改善はなされ得ますが、量的拡大がないので、利益の絶対額の成長はなく、企業化に実益はありません。それに対して、外食産業の企業は、絶対的質の高さではなく、価格との関係における割安な質を目指すことで、需要を創造して、利益の絶対額の成長を実現します。故に、プロフェッショナルの料理人と外食産業の企業とは、全く相いれないものとして、分立するわけです。
 しかし、理屈上は、プロフェッショナルのパートナーシップの原理を完全に保持したままで、利益の拡大を目的としないで企業化し、質的高度化を徹底することで、結果的に利益の拡大が実現する業種業態は、極めて稀だとしても、あり得るはずです。実際、プロ野球の球団運営や投資運用業は、そうした稀な例です。
 
投資運用業には、自営業のプロフェッショナルは存在しないのではありませんか。
 
 プロ野球の選手は、単独では活動できないので、球団に所属しますが、原理的には自営業者だからこそ、常に所属球団が変更になるのです。そして、プロ野球の選手は、組織統制のもとで分業しているのではなく、各自が自律的に活動するなかで、同僚の選手と自然に協働していて、その協働が勝利につながることで、球団の興行収入は増えるわけです。
 投資運用業に従事するものは、自営業者ではなく、企業の所属員ですが、理念的には、プロ野球の選手と全く同様に、プロフェッショナルの行動原理に従うのです。なぜなら、投資運用業は、不確実な未来に関する判断に基づくわけですが、そうした判断は、修練を積んだ個人のものとしか形成され得ず、投資の領域は広いので、得意分野の異なる人の協働が必須となり、しかも、その協働は同僚に依存しない自律的なものだからです。そして、事業の成長は、協働の成果が運用成績に現れることによって、結果的に生じるわけです。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
企業はプロフェッショナルが自由に働くための基盤になり得るか(2025.4.17掲載)
プロフェッショナルである条件として独立性、自律性がありますが、プロフェッショナルの自律性を損なわない範囲で企業がサポートすれば、プロフェッショナル・ファームとして成立しえます。

資産運用の腕前が上がるのは規律をもって賭けるから(2022.9.29掲載)
投資運用業に携わる者が、プロフェッショナルであるために必要な能力について運用の規律という点から論じています。

投資判断を合議で決することは不可能である(2017.12.7掲載)
機関決定により結果責任を負う機関と、投資の専門的能力を持ち運用成果を追求し行為責任を負うプロフェッショナルとの関係について論じています。
(文責:広瀬)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。