金融は下請制を温存させるのか解体させるのか

金融は下請制を温存させるのか解体させるのか

森本紀行
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日本の産業界に幅広く定着している下請制においては、下請企業が構造的に不利益を蒙りやすくなるわけですが、その取引条件の公正化に、いかにして金融は貢献できるのか。
 
 下請制は、対等な事業者同士の発注と受注の関係ではなく、発注者は、親事業者として、受注者である下請事業者に対して、優越した地位を有しています。逆に、受注者が発注者に従属した地位にある場合に、受注者は下請事業者と呼ばれ、発注者は親事業者と呼ばれるわけです。
 下請制が成立するのは、一つの産業において、完成品市場が少数の規模の大きな企業によって支配されていて、大多数の中小規模の企業は、部品や半製品の供給業者として、完成品製造業者に従属せざるを得ないからだと考えられますが、こうした二階層構造が日本の産業界に幅広くみられる現状については、おそらくは、歴史的経緯以外に特別な理由があるわけではないのでしょう。
 
下請制が存続し続けている以上、利点が多いと考えるべきなのでしょうか。
 
 日本の高度経済成長期においては、下請制が有効に機能していた、逆に、下請制が有効に機能していたからこそ、経済成長が実現したと考えるべきなのでしょうが、現時点では、下請制は、依然として有効であるから存続しているのではなく、おそらくは、非常に強固に根付いたために、その強固さによって、自らを守り支えているのです。
 つまり、二階層構造のもとで、技術、経験、知識、情報、人材などの分断が確立し、下請事業者は、独自の製品開発能力をもたずに、完成品を購買する最終顧客との直接的な接触なくして、多数の同業事業者と受注競争を展開しているために、現状から脱却しようにも、手掛かりをもたないと考えられるわけです。
 
下請制は、構造改革による成長戦略の対象になるのでしょうか。
 
 今となっては、下請制が経済成長や技術革新の阻害要因になっているのではないか、その構造改革は新たな成長源泉になり得るのではないかという点については、かねてより、様々な角度から、論議されてきているはずです。
 例えば、垂直統合から水平分業への転換という構想は、多数の下請事業者を工程毎に少数の大規模事業者に統合再編することで、各工程における独自の技術開発能力を高め、生産効率を改善して、競争力を強化しようというものです。しかし、この構想は長らく語られてきたにもかかわらず、進展は少しもみられずに、下請制は依然として強固に存続しています。
 
現政権の「新しい資本主義」のもとで、下請制の改革は重要課題に浮上するでしょうか。
 
 配分という視点は、労使間の配分だけではなく、下請制における親事業者と下請事業者との間の配分にも適用され得ます。そもそも、下請制は、取引条件において、優越的地位にある親事業者が不当に有利になるという不公正の点から、問題にされてきたのであり、更に、より重要な論点は、公正な競争が経済成長の動因である以上は、この不公正性が成長の阻害要因になり得るということなのであって、成長戦略としての配分は、下請制においては、取引条件の公正化を意味するのです。
 
不公正性の是正については、古くから、「下請法」がありますね。
 
 「下請代金支払遅延等防止法」(「下請法」)は、第1条において、その目的を「下請代金の支払遅延等を防止することによつて、親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめるとともに、下請事業者の利益を保護し、もつて国民経済の健全な発達に寄与すること」と定めています。故に、不公正性の是正とはいっても、代金支払いに限定したものです。
 そして、第2条の2は、下請代金の支払期日について、納入日から起算して、「六十日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない」としています。
 
この法律は守られているのでしょうか。
 
 中小企業庁と公正取引委員会は、連名で、昨年の3月31日に、「下請代金の支払手段について」という文書を発出し、親事業者に対して、下請代金を現金で支払うこと、現金によらずに手形等を用いる場合には、金利を考慮すること、サイト、即ち期日を60日以内にすることなどを要請し、更に、中小企業庁は、7月26日より、「下請事業者との取引に関する調査」を実施しています。
 そして、この2月16日に、その調査結果に基づき、中小企業庁と公正取引委員会は、連名で、「サイトが60日を超える手形等により下請代金を支払っているとした親事業者約5,000者」に対して、「手形等のサイトの短縮について」という文書を送付し、「可能な限り速やかに手形等のサイトを60日以内に短縮することを求める要請」を行ったわけです。つまり、「下請法」の制定主旨に反した実態が横行しているのです。
 
親事業者が支払いを遅らすことは、金融的には、資金調達を意味しませんか。
 
 金融的には、親事業者は、手形等で支払うことによって、サイトの期間、下請事業者から無利子で運転資金を調達していて、それを即時に現金で支払う方法に改めるとすれば、別途、金融機関から有利子で資金調達をしなければならないのですから、要は、親事業者は、下請事業者から無利子で借り入れて、支払うべき金利費用を節約しているわけです。
 
逆に、下請事業者にとっては、手形等で支払われた場合、期日がくるまで、運転資金を調達する必要が生じるわけですね。
 
 下請事業者は、多くの場合、手元流動性が潤沢ではなく、受取手形等の割引により、運転資金を調達していると考えられ、必ずしも低くない金利を負担しているのです。つまり、親事業者は、無利子で下請事業者から運転資金を調達し、下請事業者をして、有利子による運転資金の再調達を強いているのです。
 
体力の強い親事業者は、体力の弱い下請事業者に、運転資金の調達を肩代わりさせているわけで、そこに不公正性があるというわけですか。
 
 「下請法」の主旨は、体力の強い親事業者が運転資金を調達して下請事業者に現金で支払うことにより、体力の弱い下請事業者の運転資金の調達負担を軽減させることであって、ここに公平性と公正性に関する法哲学的論点がみてとれます。つまり、体力格差を認めることは、自由競争を原則とする経済取引において、公平であり得るにしても、公正でない可能性があり、故に、「下請法」は、体力格差の是正を行い、公正性を確保しようとしているのです。
 他方で、「下請法」は、経済取引への過剰介入を避けるために、強制力が弱くなっており、法の主旨が貫徹しない現状のなかで、中小企業庁と公正取引委員会は、要請という弱い手法を使うほかなくなっています。故に、現政権の「新しい資本主義」のなかで、より実効性の高い施策が実行されることもあり得るのです。
 
金融面から、対策は講じられないのでしょうか。
 
 金融は、本質的に、受動的なものです。つまり、運転資金の需要に関して、金融機関は受動的に対応できても、能動的に創造したり、拒絶したりはできないのです。もっとも、金融危機等に際して、政治的に、金融機関に対する努力目標としての要請がなされてきた経緯はありますが、少なくとも現時点では、金融庁は、「下請法」関連の具体的な施策を展開していません。
 
金融機関にとっては、親事業者に低利で貸すよりも、下請事業者に高利で貸すほうが高収益ではありませんか。
 
 金融機関として、下請事業者の受取手形等を割引くときには、下請事業者に対する融資として、その相対的に高い信用リスクを反映した金利を適用するわけですが、手形の本質として、振出した者の保証があるわけですから、実質的な与信先は、相対的に信用リスクの低い親事業者になっているのです。つまり、金融機関は、手形等を割引くことで下請事業者に融資すれば、実質的な信用リスクに比して割高な金利を享受できるのです。
 
下請制の二階層構造は、金融の二階層構造に対応しているのでしょうか。
 
 図式的に、金融に二階層構造があり、親事業者への融資は銀行が行い、下請事業者への融資は信用金庫等の協同組織金融機関が行っていると仮定してよいのなら、下請制の二階層構造は、金融構造的に支持されているとも考えられ、そうだとすると、「下請法」の主旨に従い、銀行が親事業者への運転資金融資を強化し、手形等の利用が廃絶されれば、協同組織金融機関の領域が縮小することになります。
 しかし、この辺の論点は、現状、十分に解明されているわけではなく、下請制だけでなく、商社や卸売業者による商社金融機能とも絡めて、今後、様々に検討されていくべきことなのです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
競争なくして成長なし、では競争があれば成長するのか (2013.3.21掲載)
「公正かつ自由な競争」は、経済成長に対する触媒と考えられます。「公正かつ自由な競争」は単なる競争とどこが違うのか、真の経済成長の動因について考えます。

銀行の地域独占で貸出金利は上昇するのか (2019.10.3掲載)
同一地域内の地方銀行が統合すれば、その地域内で突出した市場占有率をもつことになります。寡占状態で、貸出金利が正当化されるためには、地域経済への貢献、すなわち、その地域内の融資企業に対する総合的な支援が求められます。

企業年金と運用機関の不適切な関係 (2015.4.2掲載) 
企業年金の資産の運用委託先が、母体企業との利害関係を理由に選定され、自由競争を歪めている問題について、企業年金のフィデューシャリー・デューティーに照らして論じています。
(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。