速やかな事業再編にプライベートエクイティが不可欠なわけ

速やかな事業再編にプライベートエクイティが不可欠なわけ

森本紀行
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プライベートエクイティは、パブリックなエクイティ、即ち、上場されている株式に対して、上場されていない株式を意味しますが、非上場であることは、上場されていることに対し、何か特別な価値をもつのか。
 
 株式について、パブリックであるかプライベートであるか、即ち、上場されているかどうかの差異は、売買の方法における技術的差異をもたらすだけならば、投資対象としての本源的価値に影響を与え得ないはずです。故に、プライベートエクイティ、即ち、上場されていない株式は、投資の対象もしくは方法として、独自の存在意義を有するとしたら、上場されていないことに起因する固有の付加価値源泉をもつのです。
 
プライベートであることには、パブリックではないこと以上の意味があるわけですか。
 
 プライベートエクイティとパブリックな上場株式との間には、投資の方法論、より具体的には、リスク管理の方法論における本質的な差異があると考えられます。つまり、上場株式投資におけるリスク管理は、リスクが顕在化した銘柄について、いつでも市場で売却して、リスクを削減もしくは除去できる前提になっているのに対し、プライベートエクイティ投資におけるリスク管理は、ある銘柄にリスクが顕在化したとしても、簡単には売却できないが故に、積極的な経営関与によって問題を解消する前提になっているわけです。
 この本質的な差異は、流通市場のあるパブリックな社債、即ち公募社債と、当事者間のプライベートな契約関係である融資との間にも現れています。融資も社債も、信用供与手段であることは全く同一ですが、信用リスク管理は、社債においては、市場における売却によってなされ、融資においては、債権者と債務者との間の交渉によってなされるわけです。
 
プライベートエクイティは、エクイティであることよりも、プライベートであることに重要性があるのですか。
 
 プライベートであることの本質は、プライベートエクイティにしろ、融資にしろ、当事者間の私的関係性のなかで、双方の協働によって、問題解決を図ることに帰着します。故に、プライベートであるという共通性に着目する限り、プライベートエクイティと融資との間にある差異は、プライベートエクイティと上場株式との間にある差異よりも小さくなるわけで、実際、プライベートな問題解決の代表例である企業再編においては、融資の株式転換も普通に行われているのです。
 つまり、プライベートであることが本質的に重要な場合には、プライベートエクイティ投資は、より広義に再定義されて、対象を劣後融資や転換社債などに拡張してもいいのです。資金調達する企業にとっては、経営の独立は極めて重要なことで、議決権のある株式を他人に与えたくない場合もありますし、投資家の立場からすれば、投資資金の回収ができ、ましてや早期回収が可能になるなら、敢えて株式にこだわる理由は全くないわけです。
 
プライベートエクイティは株式投資の範囲を超えるのですか。
 
 プライベートエクイティは、表面的な資産区分としてではなく、投資戦略のあり方、即ち、プライベートな関係性のなかでしか提供され得ない特殊な状況における資金供与の柔軟な形態として、捉えられるべきです。つまり、パブリックであることは、社会全体に共通する契約関係を意味していて、そこに個別対応の余地はありませんが、プライベートであることは、当事者間の任意な契約関係で足りることを意味していて、そこに特殊な状況にも対応し得る柔軟性があるわけです。
 
特殊な状況とは、具体的に、どのような状況を指すのでしょうか。
 
 大きく二つに分ければ、起業と企業再編で、それぞれ、プライベートエクイティの二大分野とされてきたベンチャーキャピタルの領域とバイアウトの領域に対応します。ただし、バイアウトは、その名の通り、買収だけを意味するとしたら、もはや、あまりにも狭すぎる概念ですから、そこには、より広く、企業再編にかかわる様々な状況が含まれると解されるべきです。
 
企業再編とは、どのような事態を指すのでしょうか。
 
 第一に、破綻ですが、破綻を狭く解して、何らかの法律上の手続きが開始された状況に限るのではなく、より広く、破綻に瀕した状況をも含めるべきです。次に、経営戦略の転換にともなう事業整理で、子会社の売却が代表ですが、逆に、事業の譲受もあります。更に、経営体制の再編があり、代表例は、上場企業の非公開化です。
 要は、企業における事業や経営体制の再編については、破綻等の外部からの強制によろうが、経営判断によろうが、企業の立場からみれば、多くの場合、何らかの資金調達の機会になるのですが、特殊な状況にあるときは、通常の融資等の手段では対応できないために、プライベートエクイティが使われるわけです。そして、投資の立場からみれば、そこにプライベートエクイティに固有の投資機会が生じるということです。
 
資金調達というのは、例えば、子会社の売却による資金調達でしょうか。
 
 プライベートエクイティ投資とは、当然のことながら、その株式の発行体への投資であって、逆に考えれば、その発行体の資金調達に応じることですが、ある企業から、その子会社の株式を買い取ることは、当該子会社の株式への投資であると同時に、子会社を売却する親企業の資金調達に応じることです。こうして、金融機能としてのプライベートエクイティを考えていくときには、上場されていない株式への投資という形式的理解では役に立たず、思考を柔軟にする必要があるのです。
 
まさに、特殊な金融機能としてのプライベートエクイティですね。
 
 プライベートエクイティは、常態における金融機能ではなく、起業、事業再編、破綻、事業再生などの融資等の通常の金融機能では対応できない非常態における金融機能です。そして、それがエクイティと呼ばれ、そこで株式が使われるのは、満期も利息の支払いもない株式こそ、最も柔軟な資金調達の方法だからです。
 このことは、起業に典型的に現れています。起業には極めて大きな不確実が伴うので、融資等の時間的制約のある資金調達はなじまず、いわば出世払いのような自由度の大きい株式が使われるほかありません。また、事業再編等においても、時間的制約は重要な要素ですから、プライベートエクイティの金融機能を必要とするわけです。
 
確かに、子会社の売却においても、時間が決定的に重要ですね。
 
 経営として、ある事業領域からの撤退を決断し、当該事業の担い手である子会社を売却しようとするとき、存続する中核事業への経営資源の集中が目指されているのですから、売却先との交渉に時間をかけ、より高い提示価格を得ようとすることは、重大な経営の誤りとなります。
 なぜなら、時間をかけることは経営資源の投入となって、撤退という経営の決断に反しますし、しかも、撤退が決まっている以上は、その間、事業価値を高めるような積極的な努力は払われ得ないので、不安定な状況のもとで、子会社の経営陣や従業員に対して、意欲を維持するよう求めることもできず、多くの場合、事業価値は低下に向かうからです。故に、事業価値を保つためにも、売却に時間をかけないことは決定的に重要なのです。
 また、子会社を売却して得る資金の使途は、当然に、事業再編計画のなかに織り込まれているはずですから、それを早期に得なくてはならず、ここでも時間は重要な意味をもつわけです。
 
プライベートエクイティの運用者は、売り手に時間の利益を提供することで、投資収益を得るのですね。
 
 最小時間での事業売却において、プライベートエクイティの運用者は、売り手に時間の節約と金額の確定という大きな価値を提供し、その価値に対して、対価、即ち、投資収益を得るのです。つまり、売り手からすれば、事業価値より低廉に売却したとしても、経営上の不確実性を除去できる利点があるので、プライベートエクイティの運用者は、その子会社の株式を有利な価格で取得できるということです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
市場機能を支えるリレーションシップ型リスク管理の意義 (2009.11.19掲載)
本稿では、リスク管理の方法論において、パブリックのものについても、売買によるリスク管理に限らず、プライベート型のリレーションシップを重視した厳格なリスク管理が重要であると論じています。

もう少し、プライベートエクイティなるものについて (2011.1.27掲載)
事業の安定的な継続のためには、必要資金を確保することが重要です。資本市場での調達は厳しく、銀行等の融資以外には資金調達手段がない中小企業に対して、プライベートエクイティが提供する社会的機能の重要性について論じています。

ベンチャーキャピタルなるものについて (2011.2.3掲載) 
起業におけるプライベートエクイティとしてのベンチャーキャピタル本来の機能、即ち、事業により大きな時間の猶予を与えることを重視した戦略であるハンズオンと投資先厳選の必要性について、論じています。
(文責:翁)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。