何かを専門家に一任するためには、任せるべきことを最初に自分で決めなければなりませんが、この最初の決断自体に専門的知見を要するときには、専門家に助言を求めることになります。例えば、病気の治療において手術が必要になるとして、手術を受ける決断は患者のものですが、その決断は診断の専門家である医師の助言によるのであり、手術の実行は手術の専門家である医師に一任されるわけです。
そもそも、患者には、病気であるかどうか、病気であるとして、どこが悪いのか自体、判断できません。そこで、現在の医療のあり方においては、患者は、かかりつけ医に相談をして、その助言を得て、専門医を紹介してもらい、その専門医の助言で手術を決断し、手術の専門医に手術してもらいます。こうして、医療においては、患者の利益に適うように、専門家が階層的に利用されていて、医療の階層化がなされることで、医療資源の配置が最適化されるように、制度設計されているわけです。
投資においても、専門家の利用は階層化されているのでしょうか。
企業年金等の年金基金の資産運用は、日本も含めて世界的に似たような規制のもとにあり、似たような管理態勢がとられていて、そこでは、コンサルタントと呼ばれる専門家が利用されています。年金基金は、コンサルタントの助言のもとで、投資対象の選択と配分などの投資の基本方針を決定し、投資対象として選択された各領域については、その分野の専門家である投資運用業者を採用して、投資の実行を一任していますから、この構造は、医療における専門家の階層化された利用と同じです。
専門領域の投資運用業者の選択にも、専門家が利用されるのでしょうか。
年金基金として、グローバル株式などの専門領域の投資運用業者を選択しようとするとき、どの専門領域にも候補となる業者が数多く存在するために、候補の選択自体に専門的知見を必要とするという問題に直面します。そこで、コンサルタントは、ここでも候補の絞り込みを行うなど、選択を支援する助言を行います。
いうまでもなく、投資対象の選択と配分、および、専門の投資運用業者の選択は、年金基金自身の意思決定ですが、その決定には、高度に専門的な情報と、その情報の分析に基づく助言が不可欠なわけで、そこに、医療におけるかかりつけ医と同じように、コンサルタントの重要な役割があるのです。
投資対象の上手な選択と配分のためには、適切な資産分類が必要ですが、それもコンサルタントの助言で行われるのでしょうか。
資産の選択と配分には資産の分類が先行しますから、選択と配分に工夫を凝らそうとすれば、分類が見直されるのは当然のことです。年金基金の資産運用における基本は、株式と債券の2分類に日本の内と外という区別を設けた4分類でしたが、その後、そこに属さないものがオルタナティブの名のもとに一括されて加わることで、5分類となり、更に、環境変化に応じて、基本分類に様々な修正が加えられてきています。
なかでも顕著な変化は、第一に、グローバル化が日本の内外という境を消滅させたことであり、第二に、オルタナティブへの配分が著しく増加し、その内部での多様化と細分化が進んだことです。こうした変革は、投資環境の変化に対応して、投資運用業界の内部に自然に生じた変化を反映したもので、そこにコンサルタントの能動的な役割があるとはいえず、むしろ、コンサルタントの機能は、社会の変化を適宜適切に年金基金の資産運用に反映させることにあるというべきです。
分類が変われば、専門領域の投資運用業者の使い方も変わるでしょうか。
資産分類が変われば、投資運用業者に委託する内容が変わります。例えば、日本株式と外国株式という伝統的な分類のもとでは、両者間の配分は年金基金が行い、投資運用業者への委託内容は、それぞれの領域に限定した銘柄選択となりますが、両者が統合されてグローバル株式になれば、委託内容は、国境を越えた銘柄選択になりますから、日本株式への配分比率は、その銘柄選択の結果として、勝手に決まることになります。
つまり、日本株式という分類を採用することは、そこへの配分比率の決定は年金基金によってなされることを意味しますが、それがグローバル株式に統合されれば、日本株式への配分比率の決定権限は、年金基金から投資運用業者に移譲され、投資運用業者の権限が大きくなるわけです。
逆に、年金基金として、オルタナティブという漠然とした運用委託はあり得ないわけですし、例えば、不動産という委託すら範囲が広すぎますから、日本のオフィス物件というように、権限移譲の範囲は狭く厳密に定義されることになります。要は、年金基金の資産運用は、投資対象の特性に応じて投資運用業者への権限移譲の範囲を適切に決めることに帰着するわけです。
権限移譲の範囲は英語ではマンデイトですが、年金基金の資産運用では、マンデイトは投資運用業者への委託自体を意味しています。つまり、投資運用業者に委託することは、年金基金に帰属する意思決定権限の委譲であるという考え方が確立していて、年金基金の投資の基本方針は、投資運用業者への権限移譲の体系を通じて実現さることになっているわけです。
それがマネジャストラクチャの意味ですか。
年金基金の資産運用では、投資運用業者は片仮名でマネジャと呼ばれることから、投資運用業者への権限移譲の体系は、マネジャストラクチャと呼ばれています。いうまでもなく、年金基金の投資方針は資産配分の形態で表現されるのですが、投資の実行はマネジャストラクチャを通じてなされるのですから、計画よりも実行が重要だとしたら、マネジャストラクチャの決定のほうが重要なのです。
また、投資運用業者に何を委託するかは、裏を返せば、何を委託しないのか、即ち、何を年金基金自身で決めるのかという判断に依存していて、この究極の判断こそ、投資方針よりも重要なことで、投資哲学、あるいは年金基金の経営哲学とよばれるべきものなのです。
更に、投資運用業者に何を委託するかは、専門家に一任することで何らかの付加価値を創造できるかという判断にも依存しています。これは、表現を変えれば、専門家に権限移譲することで、専門家の能力を最大限に引き出せる可能性についての判断があるということです。
そもそも、権限移譲は企業経営の要諦ですね。
企業の組織とは、権限移譲の体系ですから、本質的には、企業年金の資産運用でいうマネジャストラクチャと大差ないわけです。また、権限移譲は人材の育成と登用のための前提であり、同時に手段ですから、経営者の役割が人材の潜在的能力を最大限に引き出すことだとしたら、年金基金の資産運用の要諦は、巧みなマネジャストラクチャの構築を通じて、投資運用業者の能力を最大限に引き出すことになるはずです。
年金基金の運用の巧拙は、委託の巧拙ですか。
投資運用業者の運用の巧拙が熱心に論じられるわけですが、運用の巧拙は権限移譲された範囲内で評価されるものですから、小さな権限の範囲では、運用の巧拙を論ずべき余地も小さいわけです。故に、投資運用業者の運用の巧拙を論じる前提として、委託する年金基金側において、投資運用業者の能力が発揮されやすいように、巧みに権限移譲すべきです。人に権限を与えずして、その人の能力を評価することはできないのです。
人の能力を評価せずしては、その人に権限を与えられませんね。
典型的な循環の難問ですが、この難問への挑戦こそ、企業経営の本質ですから、同様の挑戦は、年金基金もなすべきです。また、投資運用業者へ移譲されない権限は、年金基金自身によって行使されるほかありませんが、能力の欠如により、それが不可能だからこそ、専門家である投資運用業者が利用されていることについて、深く考えられるべきです。
投資運用業者に移譲されず、年金基金自身によって行使されない権限は、投資判断として放棄されるしかなく、事実として、インデクス運用のように、投資判断の多くを放棄する傾向が年金基金にあるのは大きな問題です。
・年金基金の資産運用にコンサルタントは必要なのか (2017.7.6掲載)
米国の年金基金におけるコンサルタントの歴史、変容を踏まえながら、日本の企業年金や公的年金の資産運用で普及しているコンサルタントの利用についての歴史、現状への問題提起を行っています。
・お金の運用を金融機関に任せ得るためには (2021.6.10掲載)
企業年金と個人の投資活動における投資運用業者やコンサルティングの役割を比較しています。その上で金融機関が顧客の真の利益の視点にたった提案を徹底する必要があると論じています。
・投資のプロフェッショナルとは何か (2015.7.2掲載)
プロフェッショナルとは何か、そしてプロフェッショナルの責任は個人責任に帰着するしかないということを論じています。それを前提に日本で投資のプロフェッショナルを育てるにはどうすべきかを考察しています。
(文責:長澤)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。