表面的なコスト削減と実質的なコスト増加

表面的なコスト削減と実質的なコスト増加

森本紀行
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企業経営において、常にコスト削減が叫ばれますが、コストは価値創造のためのもので、コスト削減によって価値が低下したのでは意味がありません。さて、コスト削減は有益なのか。
 
 企業が商品を製作し、それが顧客のもとに届けられて、そこに顧客が価値を見出すとき、商品の価値が創造されるわけですが、商品価値の創造に至るまでには、原材料費から販売管理費や金利に至るまで、多種多様な費用、片仮名でいえばコストが発生しています。
 これらのコストの総額と商品の販売額の総額の差が資本利潤になりますが、実は、資本利潤も、資本の利用に要するコストです。資本は、一時的な損失を吸収するものとして、重要な経営資源なのであって、企業は、投資家から資本を調達していることに対して、資本利潤、即ち、資本の利用料を投資家に還元しなければならず、故に、資本利潤は資本コストと呼ばれるわけです。
 
資本コストという表現だと、資本利潤は少ないほうが望ましくなりますね。 
 
 普遍的な原理として、価格は、買い手にとっては低いほうがよく、売り手にとっては高いほうがいいのですから、資本についても、調達側の企業にとっては、資本コストは低いほうがよく、供給側の投資家にとっては、資本利潤は高いほうがいいのであって、資本だけを特別扱いにする合理的な理由はないのです。しかし、伝統的には、資本を中心にする考え方が定着していて、企業経営の目的は、投資家から調達した資本に対して、より少ないコストを付加して、より大きな資本利潤を生むことだと考えられてきました。
 
価格には、高い低いはなく、適正さしかないのではありませんか。 
 
 ある商品について、買い手は低い価格を求め、売り手は高い価格を望むとしても、双方が対等の立場で歩み寄って、ある価格で取引が成立すれば、その価格は適正なものとして、双方にとって高くも低くもないわけです。そして、適正な価格は、その商品の価値を反映するものとして、公正なのです。同様に、投資家は高い資本利潤を求め、企業は低い資本コストを望むとしても、理想としては、双方の対話を通じた相互理解のもとで、事業のリスク特性等の固有の性格に応じて、適正な資本利潤が実現されるべきなのです。
 
事業とは、適正価格で買って、適正価格で売ることに帰着するわけですか。 
 
 商品生産者は、原材料から労働や資金に至るまで、商品生産に要する全ての要素の調達について、供給者に対して適正な対価を支払うわけですが、その対価がコストなのですから、コストとは、それらの構成要素に付された適正な価格なのです。そして、適正なコストに適正な資本コストを付加して、商品が適正価格で売られるとき、経済は、価格と価値の一致のもとで、適正価格による取引の連鎖として、公正なものになるわけです。
 
実際の経済は、そのような理想的状態にはありませんね。
 
 理想的状態にある経済は、おそらくは、静的均衡のもとで死んだ経済なのであって、生きた経済は、価格と価値が常に一致しないなかで、その不一致が一致する方向に絶えず動くことで、動態的に成長していると考えられます。
 実際、例えば、顧客からすれば、価値と価格が一致していては満足がないわけで、顧客が価格以上の価値を見出すことで、新たな需要が創造されて、経済は成長しているはずなのであって、経済成長の動因が競争であるといわれるのは、企業は、顧客が価格以上の価値を見出すように、新たな価値をもつ商品の開発競争を行っているからです。
 
コストを引き下げる競争も成長の動因になるのでしょうか。
 
 競争とは、本質的には、新たな価値を創造するための競争ですが、新たな価値の創造は、経済の構造変化を招き、古い価値を破壊します。つまり、競争は、一方で、価値を創造し、価値を増加させますが、他方で、価値を破壊し、価値を低下させ、価値の低下は価格の低下につながり、価格の低下はコストの低下を要求するので、コスト削減の競争が生じるわけですから、それは、成長の動因ではなく、成長に伴う構造変化の結果にすぎません。
 
しかし、価値が変わらないのなら、コスト削減は資本利潤を拡大させるので、そこに競争への誘因があるのではないでしょうか。 
 
 コスト削減に成功すれば、価値が不変で、故に価格も不変である限り、資本利潤は拡大します。故に、企業は、科学技術的に新しい製造方法を開発し、また経営技術的に在庫管理等を高度化させることで、コスト削減競争をしているのだと考えられます。
 しかし、技術革新によってコスト削減が可能ならば、その低下したコストが新たな適正コストになるのですから、実は、革新によるコスト削減幅と同じだけ、価値が低下していると考えられます。実際、技術開発競争の結果として、技術革新が一般化すれば、販売競争によって、価格は低下していくはずですから、価格低下は、価値低下を反映したものと評価できるわけです。故に、コスト削減の競争は、成長にはつながらないはずです。
 ただし、技術革新によるコスト削減に先行して成功した企業には、一般的な価格低下に至るまでに、先行者としての資本利潤の拡大が生じます。この先行者利益が新たな価値創造のために再投資されるのならば、経済成長への動因になり得ますから、コスト削減競争は、新たな価値創造のための資金調達としてのみ、重要な意味をもつわけです。
 
要は、無駄を削減して、成長のための余力を作るということですか。
 
 コスト削減のための技術革新が一般化していくなかで、それに追随できていない企業には、客観的に評価して、適正なコストよりも高いコスト、即ち、無駄が発生しているといえます。その無駄を削減することは、企業経営に要求される最低限のことで、それができない企業は淘汰されます。こうして、経済全体として、無駄が淘汰によって解消されて、そこで生じた利益が新たな価値の創造に投資されることで、経済は成長するのです。
 
コスト削減よりも、価値を創造するための投資が重要だということでしょうか。
 
 現政権の掲げる新しい資本主義の主張の一つは、新たな価値の創造のためには、人への投資が必要だということですが、そこには、賃金水準を適正なものにすることで、結果的に賃金は引き上がるとの前提があるはずです。そして、この理屈を労働という商品以外に一般化すれば、全ての商品の生産において、コスト削減ではなく、コストの適正化を経済成長の基礎としたうえで、成長のためには、新たな価値創造のための投資が必要だということになります。
 
表面的なコスト削減のもとで、真のコストは削減されていないかもしれませんね。 
 
 短期的なコスト削減に注力することで、新たな価値を創造するための中長期的な投資が疎かになれば、結局、成長余地を失うという大きな機会損失を発生させることになり、実は、コストは、削減されるどころか、機会損失の形態で、増加している可能性があります。要は、簡単にいえば、コスト削減と並行して売り上げも低下すれば、意味はないということです。
 また、コスト削減の付随効果として、潜在的にリスクが増加している可能性も否定できません。例えば、典型的には、管理の高度化によって在庫を最小化すれば、確かにコスト削減にはなるでしょうが、他方で、物流施設や生産拠点における事故等により、商流が切断される事態となれば、大きな損失が発生するわけで、その損失は削減されたはずのコストを上回り得るのです。
 
保険料というコストを削減するために、保険を解約するようなものですね。 
 
 無駄な保険を解約することは、保険料の削減ではなく、付保の適正化による保険料の適正化です。同様に、コストの適正化はあっても、コスト削減はあり得ず、資本利潤についても、適正な資本利潤から適正な配当がなされ、残余が新たな価値の創造のために再投資されるだけのことです。経営課題として、コスト削減や資本利潤の最大化を掲げることは適正ではないのです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
コスト削減からリスク削減へ (2020.6.25掲載)
事業経営に重要なのは、意図的にとるリスクと意図しないリスクを峻別し、意図しないリスクの最小化に努めることです。目に見えやすいコストの削減は簡単ですが、潜在的なコスト上昇要因となりうるリスクの削減こそ経営課題にすべきです。

競争なくして成長なし、では競争があれば成長するのか (2013.3.21掲載)
経済成長のためには、「公正かつ自由な競争」が不可欠ですが、「公正かつ自由な競争」とは、何か、知的革新を阻害する行為の排除のことではないかと考察されています。

投資は四つの簡単な算数なのだから (2022.5.19掲載)
投資とは、投資対象の資産に内包している価値を教授すること、価値より低い価格で資産を取得すること、価値が成長していく資産を選択すること、資産の価値を高める努力をすること、投資の基本が4点からまとめられています。
(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。