モーゲージ債が難しいのは金利変動が繰上返済を左右するから

モーゲージ債が難しいのは金利変動が繰上返済を左右するから

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
住宅ローンを証券化した債券は特異な性格をもっていて、そこに投資するには技術的に高度な問題を解かなくてはなりません。では、どうすれば簡単に要点を把握できるのか。
 
 住宅ローンの証券化とは、概念として抽象的に表現すれば、多数の住宅ローンを一つの束にし、それを何らかの法律上の器に収めて、その器から、そこに収納されている住宅ローンを裏付け資産として、債券を発行することになります。こうして発行される債券は、英語でMBSmortgage backed securities)と呼ばれますが、日本語で簡単にいえば、モーゲージ債です。また、住宅ローンの束はプール(pool)といいます。
 モーゲージ債への投資には、技術的に難しい問題があるのですが、その理論的な分析の枠組みを設定するために、原資産となる住宅ローンとして、ある理念的なものを設定します。具体的には、その基本属性として、30年以上の長期、固定金利、元利均等返済であることに加えて、いつでも期限前に繰上返済が可能であるとするわけです。
 また、証券化の仕組みはパススルー(pass through)とします。パススルーとは、その名の通り、証券化に用いられている器を資金が素通りすることです。つまり、原資産である住宅ローンから生じる元利金は、そのままモーゲージ債の保有者に分配されるということです。
 
元利均等返済の住宅ローンのパススルーだと、モーゲージ債には、常時、元本の部分的な償還が生じるということですね。
 
 元利均等返済のもとで、常に元金の部分返済が生じるので、プール内の住宅ローン残高は減少していき、モーゲージ債の元本についても、パススルーなので、並行して償還が進んでいきます。期初残高を1とし、将来時点の残高を少数表示したものはファクター(factor)と呼ばれますが、プール内の住宅ローン残高のファクターと、モーゲージ債の未償還元本のファクターとは、常に一致して減少していくわけです。
 そして、住宅ローンの期限前の繰上返済が一切ないと仮定できるのであれば、モーゲージ債が発行された時点で、将来のファクターの推移は確定値となり、モーゲージ債は、元本償還が煩瑣なだけで、理論的な意味では、普通の債券と変わらないものになります。逆に、モーゲージ債を特異なものにするのは、住宅ローンの期限前の繰上返済なのです。
 
債務者のなかには、手元に余裕資金のあるときなどに、繰上返済を行う人がいるわけですね。
 
 返済能力の変化など、債務者が様々な理由で期限前に繰上返済をすること、あるいは債務者の債務不履行や死亡によって代位弁済が生じることについては、長い歴史のなかで、実績値が蓄積されていて、それに基づいて、ファクターの将来推移の推計がなされています。こうして推計されるファクターは十分に精度が高いので、モーゲージ債を特別に難しくするものではなく、問題は金利変動が繰上返済に与える影響なのです。
 
金利が低下したときに、借り換えが誘発されることですか。
 
 金利が低下すれば、債務者にとって、低金利の住宅ローンに借り換えを行い、旧ローンを一括で期限前に返済することが有利になります。こうして借り換えが進み、プール内の住宅ローン残高が減少していけば、モーゲージ債の償還も進んでいきます。
 このとき、モーゲージ債の保有者には、二つの不都合が生じます。第一に、高金利のときに発行されたモーゲージ債は、当然に高利回りなのですが、その償還が進めば、折角の高利回りを享受できる機会を喪失していきます。第二に、債券の価格は、金利が低下すれば上昇し、しかも、モーゲージ債は長期の住宅ローンを基礎にした長期債なので、大きく上昇するはずなのに、実際には、償還が額面で行われるので、額面より上への上昇は抑制されていきます。
 
ネガティブコンベクシティですか。
 
 債券の価格は、利回りの関数であり、利回りは金利に連動するので、金利の関数になります。そこで、金利の微小な変動に対応する価格の微小な変動幅として、修正デュレーションが定義されているわけです。デュレーションとは、債券の利金と元本償還金を回収するまでに要する時間について、それぞれの現在価値の加重をかけた平均回収期間として定義されていて、修正デュレーションは、デュレーションに簡単な修正を施して導出されるのです。
 修正デュレーションも金利の関数なのであって、金利の微小な変動に対応する修正デュレーションの微小な変動幅はコンベクシティと呼ばれます。普通の債券の場合、金利が低下すれば、修正デュレーションは、価格を上昇させる方向に働き、コンベクシティは、修正デュレーションを大きくするように働いて、価格上昇を加速させます。この事態がポジティブコンベクシティです。
 ところが、モーゲージ債の場合、金利が低下すると、償還が速く進み、デュレーションが短くなって、修正デュレーションが小さくなります。つまり、コンベクシティは、修正デュレーションを小さくして、価格上昇を抑制するように働くのです。この事態がネガティブコンベクシティであって、金利低下時に、モーゲージ債の価格が額面を大きく上回り得なくなることの理論的背景となっています。
 
金利が上昇しても、ネガティブコンベクシティになるのでしょうか。
 
 金利が上昇すれば、低金利の住宅ローンを借り続けることが有利になりますから、ファクターの推計において予定されているほどには、繰上返済が発生しなくなります。つまり、デュレーションは推計値よりも長くなり、修正デュレーションが大きくなるわけです。
 普通の債券のポジティブコンベクシティのもとでは、金利が上昇すると、修正デュレーションは価格を下落させるように働き、コンベクシティは、修正デュレーションを小さくして、価格の下落を抑制するように働きます。しかし、モーゲージ債においては、金利が上昇すると、コンベクシティは、修正デュレーションを大きくし、価格の下落を加速させるように働きますから、ネガティブコンベクシティになるのです。
 
では、どこにモーゲージ債の魅力があるのでしょうか。
 
 モーゲージ債は、金利が上昇するときも、低下するときも、普通の債券より不利になりますから、合理的な投資対象であるためには、金利が概ね同一水準で安定しているときに、普通の債券よりも有利になるのでなければなりません。つまり、モーゲージ債は、静態的には、利回りが普通の債券よりも高くて有利であり、動態的には、普通の債券よりも不利に価格が変動するのです。
 
どのようにして、モーゲージ債の静態的な利回りの高さが得られるのでしょうか。
 
 理論的には、オプションをショートにすることによって、プレミアム、即ち、オプションの対価の受取りが発生し、それが利回りに付加されるからです。オプションは選択権ですが、ここでは、住宅ローンの債務者がもつ繰上返済を選択する権利であり、ショートは相手にオプションを与えていることですが、ここでは、モーゲージ債の保有者が住宅ローンの債務者の繰上返済を許容していることです。
 
動態的には、オプションの価値の変動により、モーゲージ債の価格変動が不利になるのですね。
 
 オプションの潜在的な経済価値の顕在化することは、インザマネーになるといわれますが、金利が低下すると、繰上返済のオプションがインザマネーになり、住宅ローンの債務者に利益をもたらすと同時に、その反対効果として、モーゲージ債の保有者に機会損失を発生させるわけです。この事態を別に表現すれば、繰上返済のオプションがインザマネーになることで、実効的なデュレーションが短期化して、モーゲージ債の価格の上昇が抑制されるということです。
 逆に、オプションの潜在的な経済価値の失われることは、アウトオブザマネーになるといわれますが、金利が上昇すれば、繰上返済のオプションがアウトオブザマネーになり、実効的なデュレーションが長期化して、モーゲージ債の価格の下落が加速するわけです。
 こうした理論的な問題だけではなく、現実的には、繰上返済のオプションの行使は、債務者の金融知識、信用状況による借り換え能力の有無、借り換えに要する手数料の水準など、多くの不確実な条件に左右されますから、モーゲージ債の価値の評価は非常に難しいものになるわけです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
借換えで債務を弁済することは本当に弁済なのか (2013.6.27掲載)
資本性の融資というのは、銀行等が連続的な借換えに応じることで、事実上、半永久的な貸付けも同然と化した融資のことです。期日における確実な回収という融資の基本中の基本から、逸脱しているのではないのかという疑問について論じています。

無用になった銀行が消えた後に残る必要なもの (2018.5.10掲載)
銀行の果たしてきた社会的機能は銀行でなくとも供給できる、むしろ銀行でないほうが効率的に提供され得る。そういう可能性が急速に現実味を帯びてきて、銀行の存在意義が揺らぐなか、改めて銀行とは何か、銀行でなくてはならない必然性はどこにあるのかを問うています。

三井住友銀行の売れ筋の投資信託に潜む四つの疑惑 (2021.11.11掲載)
「あんしんスイッチ」という愛称のもとで、三井住友銀行の売れ筋一位に輝いた投資信託は9000円の基準価額で繰上償還となり、不信を買いました。ではこの投資信託のどこに問題があったのか様々な角度から論じています。
(文責:広瀬)

ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録 
  
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。