クレディセゾンの代表取締役社長COOの水野氏は、傘下のセゾン投信の中野会長更迭に関連して、日本経済新聞の取材を受け、それが6月16日の記事になっていますが、水野氏は、「スルガ銀の不正融資問題はデューデリジェンス(資産査定)で細かく確認しており、一部報道に出た金融庁の立ち入り検査の通知はきていない」と述べています。この一部報道とは、6月13日の日経ビジネスのもので、金融庁は近くクレディセゾンに立ち入り検査を行うとしています。
この報道によれば、検査対象は不動産取得のための個人向け融資の実態ですが、監督下にないクレディセゾンに対する金融庁検査はあり得ません。ただし、クレディセゾンに関連して明らかになっている様々な事象が集積した結果として、クレディセゾンと金融庁が結びついて、この報道になったと想像されます。実際、水野氏は「早期解決を望むが「越権行為なので何かできる話ではない」と述べた」とされていて、何らかの深刻な事情は存在するのです。
中野会長更迭も、そうした事情の一つでしょうか。
クレディセゾンは、公然とセゾン投信の販売政策を理由にして、中野氏を更迭するわけです。これは、金融庁からすれば、言語道断の沙汰です。なぜなら、金融庁が強力に推進する顧客本位の業務運営においては、投資信託の質を高めることは決定的に重要であって、それを実現するためには、投資運用業者の経営は、投資信託の販売政策から完全に独立しているべきだからです。
中野氏更迭は、スルガ銀行との資本業務提携と関係があるのですか。
クレディセゾンとスルガ銀行は、5月18日に、資本業務提携を発表していますが、その提携内容は、個人向けの金融事業を対象にしたものであって、将来的には、範囲が拡大するとしても、現時点においては、投資信託事業を含まず、セゾン投信へ言及していません。
しかし、セゾン投信は、直販と積立という独自戦略、および徹底した顧客本位によって成功したものとして、金融界では著名な存在ですから、スルガ銀行は関心をもっていたはずですから、スルガ銀行が中野氏更迭を事前に知っていたのかは非常に気になる点です。クレディセゾンが事前に伝えていなければ、背信行為です。
ノンバンクと銀行との業務提携は、山口フィナンシャルグループでも構想されたようですね。
公表文書には、「ノンバンク業態であるクレディセゾンと銀行業態であるスルガ銀行がシームレスに連携する」とあります。このシームレスな連携は、今後の業務提携の進展によって具体化されていくことであって、現時点では必ずしも明瞭ではありません。しかし、背後には、間違いなく、自由度の高いノンバンクの機能によって、高度に規制された銀行の枠組みを打破しようとする着想があります。
そこで想起されるのは、山口銀行などを傘下にもつ山口フィナンシャルグループ(YMFG)の事案です。YMFGは、2021年6月25日に、臨時取締役会において吉村猛代表取締役会長グループCEOの職を解く決議をしたと公表して、金融界を大いに驚かせた後、8月31日に、吉村氏の不当な職務執行等について社内で調査中と発表し、10月14日には、その調査報告書を公開しています。
それによれば、吉村氏は、「コンサルB社の元日本代表パートナーa氏」を参謀に起用し、ノンバンクの「金融業者A社」との合弁による新銀行設立を構想して、a氏を新銀行のCEOに内定したほか、a氏の兄などの採用も内定していたのですが、これら一連の手続きについて、取締役会の決議を経ていないなどの職務執行上の重大な問題があったというのです。
また、YMFGには報酬総額が1億円以上である役員がいないなか、a氏の予定報酬は1億円を超えていたとされ、更には、a氏が代表を務めていたコンサルティング会社との間に、5年間で16件の契約があり、委託報酬総額は税込み約5億円にも達していたのに、その成果物に基づく報告がなされた記録も、その有効性の検証と評価に関する記録もないとのことです。
a氏とは、クレディセゾンの社外取締役である富樫直記氏でしょうか。
この事案については、いくつかの報道があって、例えば、東洋経済オンラインは、2022年1月4日に、A社は「消費者金融大手のアイフル」であり、a氏は「オリバーワイマングループの前日本代表である富樫直記氏」であると報じています。この実名報道の真偽は不明ですが、富樫氏が虚偽を主張し、訂正削除を求めた事実はないようです。
仮にa氏が富樫氏であるとしたら、意味深長な暗合であって、クレディセゾンとスルガ銀行との間の業務提携の締結において、富樫氏が何らかの役割を演じたのか、あるいは、今後、提携の進展にともなって、何らかの役割を演じるのかなど、興味は尽きません。
主要株主の認可申請は関係あるでしょうか。
銀行法上、議決権の20%以上を取得するものは主要株主と呼ばれ、主要株主になるためには、金融庁の認可を得る必要があります。また、議決権の15%以上の取得でも、取締役を派遣すれば、主要株主に該当します。クレディセゾンはスルガ銀行の発行済株式総数の15.12%を取得し、また、スルガ銀行はクレディセゾンが推薦する取締役を受け入れるので、クレディセゾンはスルガ銀行の主要株主になるわけです。
そこで、クレディセゾンは、主要株主の認可申請をし、金融庁は、その審査をしているはずです。ただし、2001年12月の銀行法改正によって主要株主の制度が設けられたのは、ITの進展などに伴い、異業種が銀行業に参入してくることを想定し、それを排除せずに、銀行経営の安定性との間に適切な均衡を図るためですから、審査は形式要件の確認にすぎません。
かつて、ノジマがスルガ銀行の主要株主になっていますね。
ノジマは、2019年5月15日に、スルガ銀行との業務提携を公表し、10月25日には、その議決権の18.52%を取得すると発表し、2020年5月26日には、取締役を派遣するための主要株主認可を得ています。しかし、2022年3月8日に、この資本業務提携は、銀行の経営方針に関する大きな意見の相違のもとで、何らの具体的な協業内容を生むことなく、解消されています。
実は、スルガ銀行は、この提携の直前、2018年10月15日に、金融庁から業務改善命令を受けています。処分理由では、投資用不動産の取得にかかわる個人向け融資に関し、多くの不正が指摘されているほか、創業家との不適切な関係も問題視されています。スルガ銀行が創業家との関係の断絶を進めるなか、創業家に関連した株主から、ノジマが株式を取得したのです。
こうした背景のもとでは、両社間に十分な協議検討がないまま、資本業務提携に至ったのだと想像されます。金融庁としては、銀行と異業種との連携については、その成否が事前には不明なのですから、結果的に成功すればよく、失敗して提携が解消されてもよいのです。しかし、銀行経営に支障が生じれば、金融庁は必ず厳正に対応します。
クレディセゾンとの提携では、行政処分の対象となった領域が含まれていますね。
スルガ銀行の業務改善計画が結了していないなかで、提携内容に不動産取得を目的とした個人向け融資が含まれている点は、金融庁の関心を引くでしょうし、クレディセゾンは、スルガ銀行の主要株主になれば、その限りにおいて、金融庁の監督下に置かれるので、何かの問題が発見されれば、その段階で金融庁は厳しく対処するはずです。
スルガ銀行の不正融資の被害者のなかには、提携に反対する動きがあるようですが。
クレディセゾンの本社の前で、不正融資の被害者が提携に反対する抗議活動を行うなか、6月16日のNHKの報道によれば、株主の1人は、クレディセゾンの経営者に対して、スルガ銀行の株式を取得しないように求める訴訟を起こしたとのことです。
クレディセゾンは、一つの問題を解消すべきですね。
クレディセゾンが顧客本位を否定しない限り、中野氏との間に必ず妥協点があります。クレディセゾンは、速やかに中野氏更迭を撤回し、火事を一つ確実に消すべきです。そうしなければ、あちらこちらに新たな火が付くなか、消し止めようもない大火災を招くでしょう。
・セゾン投信中野氏更迭は金融行政に無知蒙昧なクレディセゾンの暴挙だ (2023.6.15掲載)
金融行政が顧客本位へ向けて大きく動いている中で、資産形成のベストプラクティスを長期にわたり真摯に追求し続け、その改革を主導してきた著名な先覚者であるセゾン投信の中野氏が更迭されることとなりました。当関連コラムでは、ベストオーナー論を交えて同氏更迭の問題点を解説しています。
・スルガ銀行の何がいけないのか (2018.6.14掲載)
当コラムで言及のあるスルガ銀行ですが、本関連コラムを起点に7回にわたりコラムを連載しています。顧客本位の業務運営と密接にかかわるコーポレートガバナンスについて論じています。
・投資信託を顧客本位にすると顧客も金融機関も儲かるか (2021.10.14掲載)
勤労層における資産形成は残高が大きくなるまでに年月を要し、金融機関にとっての収益性は必ずしも高くありませんが、顧客との共通価値の創造に基づいてこそ、ビジネスモデルは持続可能なものに転換できます。
(文責:岸野)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。