こうすれば金融機関は顧客の最善の利益のために働かざるを得なくなる

こうすれば金融機関は顧客の最善の利益のために働かざるを得なくなる

森本紀行
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最近の千葉銀行等のように、顧客の利益に反したものが淘汰もされずに堂々と存続するなかで、金融機関に顧客の最善の利益を実現させることは、いかにして可能なのか。
 
 民法の第709条には、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とありますが、これが不法行為による損害賠償を定めた規定であって、この条文を用いた損害賠償請求は、民事訴訟の代表例になっています。
 この場合、原告は、被告の「故意又は過失」の存在、「権利又は法律上保護される利益」が侵害された事実、その間の因果関係、損害の金銭的評価額などについて、証明責任を負うので、簡単に訴訟に勝てるわけではありません。そこで、民法に特例を設けて、その証明責任の負担を軽減し、逆に、被告側に反対の事実の証明責任を負わせる法政策上の手当てのなされることがあり、金融においても、いくつかの事例があります。
 
例えば、「金融商品の販売等に関する法律」ですか。
 
 同法は、現在では「金融サービスの提供に関する法律」と改称されていますが、金融商品に関する重要事項について、販売業者が説明を怠り、顧客に損害が生じたときには、業者は損害賠償責任を負うとし、損害額の推定規定を置いています。この法律により、損害賠償請求訴訟において、原告は重要事項の説明のなかったことだけを証明すればよく、逆に、被告の販売業者は、説明のなされた事実を証明できない限り、立場が不利になります。
 この立法の目的は、形式的には、民法の特例法として、損害を受けた顧客を事後的に救済することにあるにしても、実質的には、金融規制法として、金融商品販売業者の負う重要事項に関する説明義務について、それを怠ったときの顧客の損害賠償請求訴訟を容易ならしめ、訴訟回避への誘因を履行強制力として機能させて、顧客の損害を事前に防止することにあるわけです。
 
虚偽開示書類に関しても、同様の手当てがあるようですね。
 
 「金融商品取引法」は、金融規制法として、有価証券の発行者に対して、様々な開示書類の提出を要求していますが、虚偽開示書類に関しては、民法の特例として、虚偽記載の事実によって、故意や過失にかかわりなく、提出者に損害賠償責任が発生するとし、当該有価証券の取得者の損害額の推定規定を置くことで、民事訴訟を容易にし、虚偽記載を防止しようとしています。
 
どうして、そうした限られたところだけに、証明責任の転換や損害額の推定という特別な法律上の手当てがあるのでしょうか。
 
 金融商品販売業者が顧客に負う責任や、有価証券の発行者が投資家に負う責任には、様々なものを考え得るなかで、重要事項の説明責任や虚偽記載についてだけ、特別な法律上の手当てがなされているのは、おそらくは、理論的根拠があってのことではなく、歴史的な事情に基づくのでしょうから、現在の金融行政の課題にそって、金融規制の法体系全体を理論的に再構築する余地があるように思われます。
 このとき、重要なのは、現在の金融庁の行政手法は、金融機関に対して、ミニマムスタンダードの徹底、即ち、法令等が定める最低基準の厳格な遵守を求めることから、ベストプラクティスの追求、即ち、顧客の利益の視点における最善の努力を促すことへと抜本的に転換されている点であり、法令等の強制によっては、最低基準は達成されても、それを超えて金融機関が最善を尽くす努力は促され得ないという難問のあることです。
 
では、どうすれば最善を尽くすように促せるのでしょうか。
 
 論点は、金融機関が最善を尽くさなかったときに生じ得る逸失利益をもって、顧客の損失といえるのかということに帰着しますが、常識的に考えて、確かに、その通りではあるものの、その損害は、原理的には、法律によって救済されるべきものではなく、顧客の自助努力によって、即ち、適切な金融機関を選択することによって、回避されるものです。
 そもそも、資本主義経済の原理のもとでは、企業は、最善を尽くして顧客のために働き、その事実を顧客に証明することをもって、営業活動を行っているのであって、企業間の熾烈な競争の結果として、最善を尽くさない企業が淘汰され、常に最善を尽くし続ける企業が勝ち残って、業界全体としては、顧客の利益のために最善の尽くされている状況が現出するのです。
 このことは、金融においても、原理的には、全く変わらないはずですが、実際には、金融機能の質の差は明瞭ではなく、顧客による金融機関選択は必ずしも合理的にはならず、健全な競争が生じないために、金融全体として、顧客の利益のために最善が尽くされることになっていません。故に、競争原理が適切に働くように、金融庁は様々な工夫を凝らしつつあるのです。
 
規制が競争を制限しているのであって、規制によって競争を促そうとすることは論理矛盾ではありませんか。
 
 規制によって、金融機関の同質性が生じ、それが競争制限につながるのですから、別の規制によって、競争を促すことは不可能です。そこで、金融庁は、規制によらずに、健全な競争を促す施策として、「見える化」の名のもとで、金融機関に対して、自主自律的に、かつ積極的に、提供している金融機能の質の差を顧客に開示するように促しているわけです。
 しかし、この施策は、確かに一定の効果を期待できるものの、その主旨として、金融機関間の比較可能性が重視されるので、指標等の統一が図られるほかないという問題を生じています。つまり、顧客の視点において、そうした指標によって、実際に金融機関を選択しているのか、あるいは、選択すべきなのかについては、多くの検討課題が残されているのです。
 
開示ではなく、説明が必要なのではありませんか。
 
 問題が最も先鋭的に現れるのは、金融商品等の組成と販売に関する手数料等の合理性です。手数料等の合理性は、当然に、絶対的な水準によってではなく、付加価値との関係において、説明されるべきものなのに、単純な「見える化」による開示では、絶対的な水準の比較になってしまうので、顧客に誤解を与えるばかりか、金融機関にとっても不都合な事態になるわけです。
 そこで、手数料等の合理性について、金融機関に説明義務を課すことが考えられるわけですが、現在の金融庁の行政手法のもとでは、規制による強制は馴染まないこと、および、合理性を証明することは金融機関の利益でもあることからすれば、手数料等は合理的に設定されるべきだという規範を定立し、その規範が遵守されていることについて、金融機関に説明を求めることが望ましいと考えられます。
 
「見える化」を証明責任の転換によって拡充するわけですか。
 
 証明責任の転換は、狭く訴訟において使われるものではなく、広く一般に、対話、討論、論戦に利用される弁論技術であって、当然に、金融庁と金融機関との対話でも活用され得ます。この場合、合理的な手数料等の設定という確立された客観規範のもとで、金融機関としては、顧客に課す手数料等が合理的であると証明できなければならず、金融庁としては、その説明に納得できないときは、何らかの是正措置を講ずることができるわけです。
 
推定規定も、金融行政に利用可能でしょうか。
 
 金融界に利益相反の恐れが蔓延しているのは周知の事実で、その代表例は投資信託の運用会社と販売会社が同一金融グループに属していることです。この場合に、真に問題になっているのは、販売会社として、顧客の利益のために最善を尽くして投資信託の選択を行っておらず、むしろ自分の属する金融グループの利益を優先させている可能性です。
 そこで、金融庁としては、利益相反を排除する高度な忠実義務を規範化し、更に利益相反の可能性のある外貌から、直ちに利益相反の事実を推定させる規定を設けて、金融機関に利益相反ではないことの証明責任を負わせると、そうした証明は困難なので、金融機関は、利益相反の外貌を呈する事態に身を置かなくなります。
 こうして、投資信託の販売に限らず、利益相反の恐れが認められる様々な領域を包括して、高度化された忠実義務を一般化し、利益相反の事実の推定規定を設ければ、金融界において、利益相反の恐れは一掃され、利益相反の事実は根絶されるわけです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資運用業者の質の「見える化」 (2016.12.1掲載)
2016年10月21日公表した金融行政方針により、金融機関にとって顧客本位の業務運営の徹底による積極的な情報開示が重要な課題なり、真に顧客の利益を保護するための競争環境の創出が図られました。金融庁が主張する「見える化」の方針の背景を解説しています。

利益相反の可能性が利益相反なのだから (2021.6.17掲載)
金融庁が策定する「顧客本位の業務運営に関する原則」や利益相反に対する定義は、客観的に規定したものではなく、金融機関が経営判断によって自主自律に判断して行動を策定するものです。客観的な基準がないため法的拘束力が有力ではない一方、金融機関の自主自律を尊重することにより健全な競争環境が育成され、最終的に利益相反の根絶が期待されます。

金融界よ、法令遵守の迷妄から目覚めよ (2017.8.3掲載)
金融界に限らず、企業は自社の価値を守るためには法令遵守の徹底が最低限の必須要件です。ただし、消極的に最低基準の遵守に留まるならば、真に顧客のための価値創造が出来かねます。法令遵守以上に企業のベストプラクティスが期待されることについて論じています。
(文責:ティ)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。