総資産利益率が経営効率測定指標の基本であるわけ

総資産利益率が経営効率測定指標の基本であるわけ

森本紀行
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総資産利益率は、企業の現金創造の実態が適正に表現されるように、会計処理のなされた結果ですから、企業の経営効率を測定する指標として、最適であるはずです。
 
 企業とは、事業活動に必要な有形無形の資産を保有し、それらを稼働させて、現金を創造する装置です。そして、企業の利益とは、一年間の事業活動について、創造された現金から、人件費や支払金利などを含めて、現金創造に要した全ての費用を控除し、更に、租税公課が支払われた後の残余の現金ですから、企業の経営効率を測定する指標としては、利益を資産総額で除した値、即ち、総資産利益率(return on assetsROA)が最適であるはずです。
 
利益は、現金ではなくて、現金に会計処理を加えた理論値ではないでしょうか。
 
 利益額の算定において、会計処理がなされるだけではなく、資産額の計上についても、それと整合するように、会計処理がなされます。例えば、固定資産は、使用と時間経過によって減耗しますが、その理論的な減耗分は、減価償却費として、創造された現金から控除されて、利益が算出され、同時に、同金額が資産額から控除されることで、資産の使用による劣化と、それに対応する現金創造の実態が適正に測定されているわけです。
 このような会計処理がなされているために、総資産利益率によって、企業の現金創造の効率が適正に測定されるのであって、逆に、総資産利益率によって、企業の現金創造の実態が適正に表現されることを目的として、会計処理の方法が緻密に設計されているといってもいいでしょう。
 
総資産利益率は、測定指標としてだけではなく、経営改革を促す指標としても優れているのでしょうか。
 
 少なくとも企業経営においては、測定のための測定は無意味であって、測定は常に改善を導くためのものです。故に、企業が測定指標を定義するときは、その数値を改善することによって、経営が本質的に改革されるものでなければならず、逆にいえば、真の経営改革がなくても、表層的な技巧によって、数値が改善されるものであってはならないのです。
 この点、総資産利益率は、資産を稼働させて、現金を創造するという事業の一般的な基本構造に即して、単純明快に、直截的に定義されているので、本質的な経営改革のもとで、資産の稼働効率を高めて分母を小さくしない限り、また、現金創造の生産性を高めて分子を大きくしない限り、決して改善され得ないわけです。
 
どうすれば、資産の利用効率を改善できるでしょうか。
 
 最も簡単なのは、現金創造活動に参画していない資産を全て売却することですが、企業の存立目的からすれば、そうした不要無用の資産を企業が保有しているとは、常識的には、考え得ません。しかし、事業上の保有目的がある資産でも、保有によって得られる効果を徹底的に再検討することで、より効率的に同じ効果を得られる代替的方法が発見されれば、売却されるべきです。
 更には、こうした検討は、自然に、資産の保有目的の正当性に及びます。そして、実際に、従業員の福利厚生に関する新たな方針のもとで、社宅が保有目的を喪失し、企業統治の革新がなされて、親密企業との間の株式相互保有が削減され、将来の設備投資計画に備えて保有されていた現金や投資有価証券の保有は、その計画の具体性が再考されるときに圧縮されるわけです。
 逆に、資産保有の効率化を目指すことで、経営改革のなされることも重要です。例えば、在庫を最小化しようとすれば、生産から販売までの全工程において、業務改善がなされることになり、売掛債権を削減しようとすれば、取引慣行の是正につながり、現金の保有額を適正化しようとすれば、資金管理の高度化が促されるのです。
 
資産の減少に伴って、負債が削減されるのでしょうか。
 
 企業の総資金調達額における負債と資本の構成比は、資本構成capital structure)と呼ばれます。事業は不確実性のもとで営まれているので、一時的に損失の発生することは避けられません。資本とは、一時的な損失を吸収して、事業を持続可能なものとし、中長期的な利益の創出を可能にするものですから、資本構成における資本の厚みは、事業の不確実性との関連において、決定されるわけです。
 資本が過小であれば、一時的な損失が吸収可能な範囲を超えて、経営破綻を招くことで、株主の利益に反し、逆に、資本が過大であれば、自己資本利益率(return on equity、ROE)を低下させることで、株主の利益を損なうことになります。故に、資本構成には、資本が過小でも過大でもない一点があるはずで、それを最適資本構成と呼びます。
 資産を減少させるとは、資産を現金化することですが、その現金は、負債の削減だけに充当されるのではなく、最適資本構成を維持しつつ、総資金調達量の削減に充当されるべきです。むしろ、逆に、資本不足を解消して、最適資本構成に戻すために、資産売却のなされることは少しも珍しくありません。資産の簿価が時価よりも低いときは、売却益で資本を充実させ、売却代金で負債を弁済できるからです。
 
新たな資産の取得においても、最適資本構成を維持しつつ、資金調達がなされるのですか。
 
 企業経営の本質が事業の不確実性に積極的に賭けていくことだとしたら、資本構成において資本過剰であるときは、自社株買いや配当を行うことで資本を減少させて、資本構成を最適化するのではなく、本来は、負債を増加させることで資本構成を最適化し、その資金で新たな資産を取得して、事業の成長を志向すべきです。
 
最適資産構成に最適資本構成が対応するわけですか。
 
 企業経営とは、資産保有を拡大させて、事業を成長させ、同時に、不要資産の売却によって資産保有を縮小させて、事業の効率を高めることであり、その全過程において、常に最適資本構成が維持されるように、資産構成と資本構成を動態的に変化させることに帰着します。
 こうして、資産構成と資本構成の最適性が維持されているなかで、現金創造の生産性を高めれば、総資産利益率が高くなり、結果的に、自己資本利益率が高くなるのであって、自己資本利益率は、同一の現金創造のもとで、資本構成における資本の比率を低下させれば、改善させ得るものですから、それ自体は決して目標になり得ないわけです。
 
投下資本利益率は、どこが総資産利益率と異なるのでしょうか。
 
 投下資本利益率(return on invested capital、ROIC)は、自己資本利益率の分母に負債調達額を加えて、分子に支払利息を加えたものであって、分母に負債を加えることで、資本構成によって自己資本利益率が変動してしまう難点を是正しているのです。しかし、より重要なのは、分母に加えられている負債は、意図的に調達された有利子負債だけであって、買掛負債等の事業構造に内包されて発生する負債を含まないことです。
 
では、経営の意図を評価するための測定指標としては、投下資本利益率のほうが優れているのでしょうか。
 
 例えば、銀行経営においては、預金負債は、銀行業の本質として発生するものですから、それを分母に含む総資産利益率は明らかに不適切な指標であって、替わりに投下資本利益率や自己資本利益率が使われるべきです。つまり、預金という有利な資金調達手段をもつことに銀行業の強みがあって、その点が適切に評価されなくてはならないわけです。故に、積極的に定期預金で資金獲得がなされるのなら、その預金は投下資本利益率の分母に加えられるべきです。
 同様に、製造業や商社の経営において、取引上の優越的な地位に基づいて、無利子負債である買掛債務が発生しているのならば、その経営の優位は、買掛債務が分母から除かれている投下資本利益率によって、評価されるべきなのです。
 
経営の優劣が適切に評価されるべきだということですか。
 
 利益率を計算するときの分母の範囲として、取引上の有利な地位によって、買掛債務が発生しているのならば、その負債は、経営の優位を示すものとして、分母から除かれるべきであり、取引上の不利な地位によって、売掛債権が発生し、そのために意図的な負債調達がなされているのならば、その負債は、経営の劣位を示すものとして、分母に含まれるべきだということです。もっとも、売掛債権は、商慣行によって発生することが多く、必ずしも経営の劣位を示すものではありませんが。
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(文責:広瀬)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。