「益利回り×配当性向=配当利回り」から学ぶ株式投資

「益利回り×配当性向=配当利回り」から学ぶ株式投資

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

株主への配当は、企業の経営裁量によって決められますが、裁量とはいっても、投資家の利益を最大化するためには、決定方法の合理的基準があるわけです。
 
 企業は、負債と資本との二つの方法で、資金調達します。負債の場合は、企業は、定期的に金利を支払い、期日に元本を弁済するので、業況不振に陥ったときに、債務不履行により、事業を継続できなくなる可能性がありますが、資本は、金利も弁済期日もないので、一時的な損失を吸収できます。こうして、企業は、資本によって一時的な損失に耐え、事業を安定的に継続させて、長期的に利益を生むのです。
 資本は、理論的には、損失の発生という危険に対する保険なので、保険料に相当する対価、即ち、資本コストcost of capital)を要求しますから、企業は、資本の提供者に対して、資本コストに見合う利益を還元する義務を負います。この義務は、企業という公器に内属するものであって、社会的義務なのです。
 義務の履行状況は、自己資本利益率(return on equity、ROE)によって、測定されます。資本の提供者は企業の外部にあるのですから、自己資本という用語は不適切ですが、古くからの用語法の習慣で、資本を自己資本と呼ぶのです。利益は、企業の事業活動によって1年間に創造された現金のうち、資本に帰属するものです。自己資本利益率は、英語の表現の通りに、利益を資本で除したもので、資本コストに対応する実績値になるわけです。
 
理屈上、半数の企業は、資本コストを達成できないわけですか。
 
 資本コストという目標は同一でも、目標に対する実績値としての自己資本利益率は、当然のことながら、企業ごとに大きく異なっていて、資本コストを理論的な平均として、その上下に広く分布しますから、確かに、半数の企業は、資本コストを達成できないのです。そこで、株価が変動することで、自己資本利益率と資本コストの格差が調整されることになります。
 利益を株価で除した値は、株式益利回り、あるいは単に益利回り(earnings yield)と呼ばれます。自己資本利益率では、資本は簿価であり、益利回りでは、資本は時価としての株価になっていて、自己資本利益率の高低に対応して、株価の高低が決まるので、自己資本利益率が平均を挟んで非常に広く分布しても、益利回りは平均周辺に狭く分布するわけです。
 要は、資本コストの達成状況に応じて、株価が変動し、自己資本利益率の大きな格差は、益利回りにおいて、平準化されますから、益利回りで測定すれば、どの企業も、概ね、資本コストを達成しているのです。もっとも、より正確にいえば、資本コストは、自己実現の強い要求のもとで、自己資本利益率としては実現しなくても、益利回りとしては実現しようとするので、株価を変動させるということです。
 
益利回りと配当利回りは、どのような関係にあるのでしょうか。
 
 企業の経営裁量により、利益の一部が配当され、残余が内部留保されますが、利益のうち配当される金額の比率は配当性向(payout ratio)と呼ばれます。配当利回り(dividend yield)は、配当を株価で除したものですから、益利回りに配当性向を掛けた値になり、利益が内部留保される分だけ益利回りよりも低くなります。しかし、株価は内部留保分だけ上昇しているので、過去の事実としては、配当性向は投資家の損得に関係しないのです。
 
未来への期待としては、配当性向は投資家の損得に関係するわけですか。
 
 未来へ向けて、投資家は、現金として受領した配当を別の投資機会に再投資しますが、内部留保は、自己資本利益率によって増殖し、理論的には、その増殖分だけ株価が上昇しますから、投資家にとって、配当性向が損得に関係しないのは、再投資収益率と自己資本利益率が同一のときだけです。
 そこで、企業は、自己資本利益率の期待値との関係において、投資家の利益が最大化するように、配当性向を決定すべきだという論点が浮上するわけです。これは、今となれば、論点というほどのこともなく、企業経営の常識のようですが、かつては、日本企業の多くは、安定配当の名のもとで、画一的で、固定的な配当性向を維持してきたのです。
 
自己資本利益率の高い企業においては、配当すること自体に合理性がないわけですか。
 
 自己資本利益率の高い企業にとっては、資本を増加してでも、積極的に投資すべき豊かな事業機会に恵まれているなかで、配当を行い、資本を減少させることは不合理ですし、投資家にとっても、他の投資機会よりも高い収益率で内部留保が増殖していくことは、株価の上昇期待を高めるものとして、有利です。しかし、かつては、こうした企業においても、配当しないことは、無配当という名のもとで、否定的に評価されてきたのです。
 
逆に、自己資本利益率の低い企業においては、配当性向を高くしないと、経営に合理性を欠くわけですか。
 
 自己資本利益率の低い企業については、一方では、配当性向を高くして、別の対象へ再投資する機会を投資家に与えるべきだとの見解もあるでしょうが、他方では、自己資本利益率の低さを前提にして、配当性向を高くするのは本末転倒で、内部留保の効率的活用により、自己資本利益率を改善することが先決だとの評価もあり得ます。故に、こうした企業では、投資家と経営者との対話において、配当性向を巡って、様々な議論がなされ、ときに対立が生じたりするのです。
 
現金で配当を受けることに魅力を感じている投資家も多いのではありませんか。
 
 企業年金等の資産運用のように、業務として行われる投資においては、投資の果実の利用が目的とされているので、現金で配当を受けることには、重要な意味があります。また、いわゆる金利生活者、即ち、保有財産から生じる利息、配当、賃料で生計を立てている人にとっては、配当金は生活原資として、更に重要な意味をもちますし、年金受給者の資産管理においても、利息配当金等による年金給付の補完は、豊かな老後生活にとって、欠くことのできないものです。
 おそらくは、古くより安定配当という考え方があるのは、こうした事情も関係しているのであって、配当性向の決定においては、企業は、純粋に経済合理的な条件だけではなく、社会的、あるいは慣習的な側面にも配慮せざるを得ないのでしょう。ただし、投資家は、資産の定期的な一部売却によっても、現金を作れるのですから、配当性向は常に経済合理的に決められるべきだという考え方も否定できません。
 
企業は、自社株買いという方法でも、投資家に利益還元できますね。
 
 企業にとって、利益処分の方法としては、内部留保と配当のほかに、自社株買いがあります。自社株買いは、理論的には、流通株数を減少させて、一株当たりの株式価値を上昇させ、株価を上昇させますから、投資家に対する利益還元策になるわけです。
 また、自社株買いは、過剰資本を是正することとしても、説明できます。企業の資金調達総額について、負債と資本の比率を資本構成capital structure)といいますが、資本が過剰であれば、自己資本利益率を低下させて、投資家の不利益となり、資本が過少でも、経営破綻の可能性を高めて、投資家の不利益となりますから、資本構成には、理論的に最適な一点があるのであって、自社株買いは、資本構成の最適性を維持するために、必要になることもあるわけです。
 
減資は簡単でも、増資は困難ではないでしょうか。
 
 企業にとって、経営が一時的に不振に陥り、資本の増強が必要になったときには、株価の低迷により、実は、増資は困難です。この難問は、資本市場の構造的矛盾であって、解き得ないのですから、企業は、自己防衛策として、最適資本構成に比して、資本過剰の状態を維持し、多くの場合、過剰資本の対応資産として、現金を保有するわけです。
 資本コストを払って資金を調達し、それを現金で運用することほど不合理なことはなく、自己資本利益率を悪化させる要因になるので、投資家は、そうした事態を発見するときは、経営者との対話において、自社株買いや配当性向の引上げ、あるいは現金の事業への投資を要求します。
 要は、資本という保険について、投資家は、当然の権利として、保険料を要求し、経営者は、当然の心情として、保険料を払いたくないので、解き得ない対立が生じるわけです。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
株式投資における資本効率論の迷妄(2021.1.21掲載)
企業の成長は各段階において不確実な要素が多いため、成長のため必要な資本額の精密な算定はできず、更に増資が難しい現実もあり、企業は過剰資本となりがちです。投資家との対話により、改善が可能であり、またその中で投資家に求められることを含めて論じています。

株価が上昇するための条件について(2010.4.15掲載)
株価の上昇は、企業の将来の成長や配当期待を裏付けしたものです。昨今の株価高騰の現象を再検証するために、改めて読みたいコラムです。

金融界の旧弊に挑戦する事業性融資推進法の創造的破壊力(2022.6.16掲載)
一時的に不振に陥った企業の増資は難しいですが、新たに成立した事業性融資推進法は一つの解決策になりうるでしょう。事業性融資について解説しています。
(文責:ティ)

次回更新は、お盆の休載を挟んで、8月22日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。