不思議なジャーゴンが飛び交う株式投資の迷宮へ

不思議なジャーゴンが飛び交う株式投資の迷宮へ

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

アールオーイー、ロイック、ワック、イービットダーなどと、奇妙なジャーゴン(業界用語)が濫用される世界では、オピニオンに左右されずに、ファクトに基づいて判断することが重要です。
 
 企業の事業価値は、企業が有形無形の保有資産を稼働させて創造する将来の現金の現在価値ですから、企業の保有する資産が全て現金創造に関与していれば、企業価値は企業の事業価値に一致するわけです。ここで現金とは、現金を創造するのに要する全ての諸費用等が控除されて、租税公課も支払われた後の残余ですから、会計上の利益に一致します。故に、企業価値とは、企業が創造する将来の利益の現在価値となり、至って常識的な説明になるのです。
 しかし、厳密にいえば、利益は現金ではなくて、現金の流出入が会計的な処理によって加工されたものです。会計的な処理がなされるのは、一定期間における企業の現金創造活動と、その活動に対応して創造された現金の量との間に、合理的な関係を成立させるためです。例えば、設備等の固定資産が取得されたとき、それが長期間にわたって使用可能なものであれば、現金は取得額だけ流出していても、費用計上されるのは、耐用年数に按分された金額、即ち、減価償却費だけなのです。
 
利益はオピニオンですか。
 
 現金はファクト、利益はオピニオンといわれます。ファクト(fact)は事実で、ファクトとしての現金は、事実として流出入した現金の実際の額です。それに対して、オピニオン(opinion)は意見であって、利益は、期間損益の合理的測定という目的によって操作された結果として、会計上の判断に基づくオピニオンなのです。では、企業価値を測定するときに用いられる現金は、ファクトとしての現金であるべきか、それとも、適正なオピニオンによって修正された利益であるべきか、これは難問です。
 
長期的には同じではありませんか。
 
 オピニオンとしての利益は、ファクトとしての現金を会計期間に応じて按分したにすぎませんから、理屈上は、長期的に同じになるはずですが、企業活動は休むことなく継続するので、実際には、ファクトとオピニオンが一致することはありませんし、ましてや、現実的には、企業価値は、将来の一定期間を限って、評価されるほかありませんから、長期に意味はないのです。
 
長期に意味がないからこそ、ファクトとしての現金が重要だということですか。
 
 企業価値が将来の長期間にわたって創造される現金の現在価値だとしても、その合理的な計測においては、時間の経過とともに、企業の経営環境は大きく変化していくのですから、長期に意味はなく、また、逆に、短期的な経営環境の変化によっては、企業の基本的な現金創造能力に大きな変化は生じ得ないのですから、短期にも意味はないのであって、現実的に意味があるのは中期なのです。
 中期とは、常識的に考えて、5年以上、10年以下の時間であって、この程度の時間であれば、企業価値の測定においては、オピニオンとしての利益ではなく、ファクトとしての現金を使うほうが合理的であると、一般的には、考えられています。なぜなら、重要なのは、企業価値の評価において評価されるのは、現金ではなく、現金を創造する能力だという点であって、現金創造能力は、中期的なファクトとしての現金創造に現れるからです。
 
例えば、EBITDAですか。
 
 EBITDA(earnings before interest, taxes, depreciation and amortization)は、対応した日本語の略称が未だに用意されていないので、EBITDAのままで使われていて、故に、何と読むのかが問題になるわけですが、人によって好みがあるにしても、イービットダーあたりが普通なのでしょう。EBITDAは、英文にある通り、会計上の利益を再修正して、そこに、税金、支払利息、原価償却費を足し加えていて、要は、利益をファクトとしての現金に近づけたものです。
 EBITDAから中期的な企業価値を簡単に推計するとき、中期が5年から10年であるとすれば、EBITDAを5倍から10倍にすればいいのですから、概ね7倍から8倍程度が企業価値になります。実際に、事業買収の実務においては、EBITDA倍率を用いることで、即ち、EBITDAに測定年数を掛けることで、事業価値が測定されています。
 なお、英語でEV(enterprise value)と呼ばれるものは、一般に、事業価値ですが、企業の保有する資産が全て現金創造に参画しているのならば、事業価値と企業価値は一致します。逆にいえば、企業価値と事業価値の差額は、事業に関係しないものの価値になりますから、本来は、企業価値と事業価値とは一致しているべきなのです。当然に、EBITDA倍率は、EVをEBITDAで除した値になります。
 
ところで、なぜEBITDAには、支払利息が含まれるのでしょうか。
 
 企業は、一方では、保有資産を稼働させて現金を創造する装置ですが、他方では、資産を保有するために資金を調達し、創造された現金を資金提供者に配分する容器です。両面は、背中合わせに張り付いていますが、相互に独立していて、現金創造能力は、資金調達能力とは無関係に規定されます。故に、現金創造能力を測定するものとして、EBITDAが定義されるとき、利息支払前の利益が使われるのです。
 
そうしますと、EBITDAは株主に帰属する現金ではないわけですか。
 
 EBITDAは、支払利息を含んでいるので、資金提供者全体に帰属する現金になります。故に、EBITDAに倍率を掛けてEVを求め、そこから、有利子で外部から調達された負債の総額を控除し、更に、事業構造に内包されて発生している負債の総額を控除すれば、株主に帰属する将来の現金の現在価値、即ち、株式価値になるわけです。
 
事業構造に内包されている負債とは何でしょうか。
 
 歴史的な商習慣に従い、あるいは取引当事者間の力関係の優劣に応じて、商取引に伴う代金決済が遅延されて、売掛債権、逆の立場からいえば買掛債務が発生します。この買掛債務については、経営の意図によって、あるいは、取引における立場の優位に基づいて発生するのであれば、無利息の有利な資金調達として、積極的に評価され得ますが、事業の特性から自然に発生するのであれば、経営の意図による効果としては、評価され得ないわけです。
 そこで、企業の資金の総調達額から、事業構造に内包されている負債を控除して、経営が意図をもって外部から調達した資金だけを投下資本(invested capital)と定義し、経営効率の測定のための指標にすることがあります。それが投下資本利益率(return on invested capital、ROIC)であって、ROICはロイックと読まれているようです。
 投下資本利益率における利益については、分母の投下資本の定義に対応させて、利益に税金と支払利息が加えられているので、通常は、営業利益と呼ばれるものになります。また、企業の保有する資産が全て現金創造に参画しているのならば、投下資本は、総資産から事業構造に内包されている負債を控除したものに一致し、投下資本利益率は、事業の現金創造活動の効率を純粋に測定する指標として、優れたものになるわけです。
 
投下資本利益率と加重平均資本コストとは、どのような関係になるでしょうか。
 
 加重平均資本コスト(weighted average cost of capitalWACC)は、投下資本の理論的な調達コストであって、投下資本における負債と資本の構成比の加重をかけて、負債コストと資本コストの加重平均をとったものと定義されますから、投下資本利益率が実績値であるのに対して、目標値として機能しているわけです。なお、WACCは、ワックと読まれるようです。ワックは目標、ロイックは実績ということです。
 
問題は資本構成の最適さですか。
 
 投下資本における負債と資本の構成比は、資本構成(capital structure)と呼ばれます。資本は、一方で、事業のリスク、即ち、現金創造の短期的な変動を吸収して、中長期的に事業を持続可能にするので、過小資本は危険であり、他方で、過大資本は資本の運用効率を低下させるので、資本構成における資本の比率は、事業リスクの特性に応じて、過小でも過大でもない、最適なものとして、決定されなくてはならないのです。
 自己資本利益率(return on equity、ROE)に替えて、投下資本利益率が用いられる理由の一つは、自己資本利益率には、資本構成に応じて変化してしまう難点があるからですが、実は、最適資本構成が維持されている限りは、最適な投下資本利益率に対して、最適な自己資本利益率が一対一に対応するので、どちらを使っても、差はないはずなのです。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
高ROEでも高PBRなら低ROEで低PBRと同じこと(2024.8.1掲載)
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最適資本構成において何が何に対して最適となるのか(2024.7.11掲載)
過大資本は資本利益率を低下させ、過小資本は事業リスクを吸収しえない可能性があるため、事業の特性に見合った最適資本構成の考え方について解説しています。

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企業統治の本質は、調達目的(運転資金、設備投資資金、危険準備)に対する最適な金融機能の実現にありますが、財務戦略の立場から企業が資金調達を行う際に、なぜ内包している金利が高い売掛債権を用いることがあるのかをより詳しく解説しています。
(文責:坂口)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。